なにか、彼のためにできないでしょうか。
彼の真っ白に寂しい顔をみると、どうしてもそう思えてしまうのです。そうして、わたしは、はたとある考えがひらめきました。
「顔、ないのですね」
「ああ、しょうがないさ。雨だから」
顔をぬぐう。ごしごしと、何度も彼は顔をぬぐいました。てるてる坊主は雨を晴れにすることができたなら、顔を書いてもらえるのです。だけれど彼は、晴らせなかった。雨、だったから。
「では、わたしが顔を書いて差し上げましょう」
わたしはできるだけ屈託なく笑みました。
「駄目だよ。てるてる坊主は晴れの願いを叶えないと顔を書いてはもらえないんだ」
「はい。存じております。ですから、晴れにしてほしいのです。わたしは傘を持っておりませんので、このままの雨では困るのです。てるてる坊主さんにお願いなのです」
わたしはなるべく哀れっぽく見えるように彼に小首を傾げて「お願い」しました。
「一度失敗しているのに?」
わたしの言葉に彼は随分と当惑したようでした。
「一度くらいの失敗、誰にだってありますよ」
「また、失敗するかもしれないのに?」
「そうしたら、わたしが責任を持って首をちょん切ってあげましょう」
ちょきん、とはさみのジェスチャーを見せれば、彼は思いかけずといった風に噴き出しました。
「そらあ、大事だねえ」
彼はくすくすと忍び笑いを繰り返します。
「でしょう? わたしはあなたのことをちゃあんとちょん切りますよ」
忘れたりなんかせずに、ね。
わたしもにこりと笑います。
「そうかいそうかい。それでは一つ、任されてやろうか」
僅かに空が明るくなりました。
「では、お嬢さん。目を閉じて」
「え。見ていてはいけないのですか」
折角なので、見てみたいのに。あなたが私の願いを遂げる、その姿を。
 言えば、彼は照れを浮かべました。
「次に目を開いた時に晴れていたら素敵だろう。どうか、この出来損ないに恰好をつけさせておくれ」
だから、目を。
そこまで言われては閉じざるを得ず。わたしは渋々ながら、目を閉じました。瞳を閉じ切る瞬間、軒先に彼をぶら下げていたひもがするりとほどけて、彼が雨の中へ飛び出してゆくのが見えました。

 どのくらい瞳を閉じていたことでしょう。しかし、そんなには時間はたっていないはずです。目を閉じた瞬間、一層その存在をました雨音は、しかし、間もなく小さくなってゆきました。
 「ざあざあ」から「しとしと」へ。
 「しとしと」から「ぽとりぽとり」へと。
 彼は成功したのだと思いました。
 男前なお顔を書いてあげなくては、とも。
 そうして、暫くのちにはすっかり雨の音はしなくなっていたのです。瞼の向こうがじんわりと明るくなってゆきます。目を開けてごらん、と彼の声が聞こえました。そろりそろりと緩やかに瞼を開きます。
「――晴れてる」
どろりと重たかった空は橙と紺の夕暮れ空へと変わっていました。さっきの土砂降りが嘘みたいなきれいな夕空。わたしはなんだか嬉しくなって軒先から飛び出しました。
「晴れてる! 晴れてますよ、ねえ!」
くるりと身体をまわして、彼のつるされていた軒を顧みます。
 しかし。
 さっきの場所に彼はおらず。代わりにその下、泥だらけの地面にぐったりとふせっておりました。慌てて駆け寄り、彼を拾い上げます。跳ねた泥のついた、汚れてしまったてるてる坊主。泥をぬぐってあげようにも、紙でできた彼は雨を随分と吸ってしまっていて、どうすることもできません。二、三度、彼に呼びかけてみましたが、返事はついぞ返ってきませんでした。ぴちゃん、ぴちゃんと軒から落ちる雨粒が跳ねる音ばかり。
 わたしはしばらく考えて、彼をそっとハンカチでくるみました。彼の身体は思ったよりもずっと小さくて顔と胴のつなぎは乱雑なセロハンのテープだけという幼い作りによるものでした。
彼の身体は幼い手の精一杯がつめこまれたものでした。
 
そこでようやく。わたしは彼の悲しみに触れられたような気がしたのでした。

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アトガキ
てるてる坊主と女の子のお話です。
てるてる坊主は矢張り、「坊主」とついているだけに男性なのだろうと思います。しかも、結構なダンディーさを持っているのでないかと。
あくまで、個人的な想像なのですが……(笑



  
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