いつもは長い髪ですっかり隠れている恭華さんの首筋が露になっていた。彼女の頼りない首筋に、つい目を惹かれてしまう。白くて、細くて、これが恭華さんの清らな魂を支えているのかと思うと、それはなんとも頼りない。ぼんやりと彼女を眺めていると、不意に恭華さんがこちらへ振り返った。ばちり、と恭華さんの黒いビー玉のような瞳がわたしを移す。彼女はわたしの視線に気づき、美しく笑って見せた。
 ――見蕩れてたでしょう。
朱い唇が薄っすらと動いた。揶揄うような視線に、知れず、頬が染まった。
「林檎のよう。」
今度ははっきりとそう笑まれる。
伸ばされた手がわたしの輪郭をなぞる。恭華さんの冷えた指先からぞわぞわとした感覚が身体中に伝わってゆき、わたしは小さく身震いした。くすり、と恭華さんが笑みを漏らす。優しげなその視線に、わたしは不意に涙が溢れそうになった。ああ、泣いちゃ、駄目。
泣くなら、せめて。
……一人の時に。
「……恭華さんと、」
「なあに?」
「もう逢えなくなってしまいますわ」
涙の代わりに零れたのは、そんな言葉。
恭華さんの表情が悲しげに曇るのが見えた。
「この学校を出てしまったら、わたし、遠方へ進学するんです。恭華さんとは、逢えなくなっちゃう……」
溢れだした言葉は止まらなくて。
衝動的に掴んだ恭華さんの腕は、ひどく華奢で。わたしが彼女の元を離れてしまったが最後、二度と逢えないような気にさせる。
「そんな。また逢えるわよ。手紙も出すし、連絡も取り合えば良いじゃない。お休みになったら、また遊びましょう?」
わたしをなだめるような言葉は、けれど、わたしは全く信ずることは出来なかった。きっと、彼女自身も、どうしようもなく疎遠になってしまうわたしたちを想像してしまっていたるはずで。
「わたし、恭華さんがいなかったら……」
わたしのすがり付くような言葉に、恭華さんはびくりと肩を震わせた。
「そんなこと、言わないで頂戴。きっと、あちらで素敵な出逢いがあるはずよ。そうしたら、わたしのことなんて、なんてことなくなっちゃうわ」
恭華さんの言葉が、何を意味しているかはすぐ知れた。
……恋なんて。
それこそ、貴女が居なければ、意味なんて有りはしませんのに。
しかし、恭華さんの表情はいかにも哀しげで、それ以上言及するのは、躊躇われた。
これ以上は駄目。と。
恭華さんは言っていた。
気まずく押し黙ったわたしの頬を、恭華さんが優しく撫でた。ごめんなさいね、と謝られる。
……どうして、謝るんです。
恭華さんの柔らかな手のひらの感触に再び泣きそうになった。
「行きましょう、もうすぐ卒業式が始まっちゃうわ」
恭華さんはなんの気負いもなくわたしの手を取ると、講堂へ走り出した。
「わっ、ちょっと!」
引っ張られるようにして、わたしも走り出す。
「ねえ、卒業しても、私たち、お友達よね」
不意に恭華さんが振り向いた。作られたみたいにきれいな笑みにちかちかと星が舞う。
「ええ」
「次逢うときは素敵な恋人がいると良いわね」
仮面のような笑顔。わたしは恭華さんと絡み合った指へ視線を落とした。恭華さんの白い手のひらに絡む、わたしの指。
いっそ、このまま、逃げ出しちゃいたいくらいなのに、わたしも恭華さんもそんな勇気はなくって。
こんなに小さな箱庭で迂闊に恋もできないわたしたちが、どうしてあの広い世界で恋なんて出来ようか。
それでも。
「……うん。そうですね」
わたしには彼女のために、そしてわたし自身のために、頷くことしか出来なかった。


−−−−−−−−
後書き
"女学生"という私的イメージを詰め込んでみました。
綺麗な女の子は良いですね。書いていると麗しい気持ちになります。
百合っぽい気も致します。
と、いうか完全に百合です。
でも、女学生ってこんな感じではないでしょうか!!


  
[16/41]
leftnew | oldright