暗い家の中に、雑鬼らの姿は見えない。同様に、明かりもない。その割には、とあぐらをかいた。
――随分と目がきく。
 森に入ったところで太陽は中天に差し掛かっていた。つまり昼。あれからの経過を考えれば、そろそろ陽が傾く頃である。例え曇天であっても、その暗さは増す。だが、この明るさは。
――化かされたか。
 考えがいきつき、嵐はくすりと笑った。狐か狸なら話がもっと単純になったものを。
 雨は激しさを増し、そのカーテンは外の景色を霞ませた。雨音だけが耳に届き、鳥の声など一つも聞こえない。白くぼんやりと佇む木々を見つめていると、目がかすむ。目頭をおさえ、立ち上がった。
「……得体の知れない所からはさっさと去るに限る」
 あの少女は用が済んでから考えよう。視線を転じると、隣の部屋には家具類が並んでいた。
 木目の美しい箪笥に、猫足の文机。しっかりと磨かれ、焦茶の奥から鈍い光を放っている。指でなぞると、うっすらと指の腹が白くなった。
「……十年ね」
 手をはたき、箪笥の一番上にある、曇りガラスの引き戸を覗く。きゅうすに茶碗が二個、茶筒が一つ。
――違和感が背を走る。
 悪寒とも言うのだろうが、少し違う。恐怖ではなく――ただ、おかしい、と第六感が告げる。
「……帰りてぇ」
 ぽつりと呟いた時、くん、と袖を引かれた。飛び上がりそうになるのをこらえ、振り返る。
「……びっくりした」
 少女がにっこりと笑い、また引っ張る。抗う術はないものかと模索する。だが、細身の少女相手に行使する術など無かった。
 引かれるままについていくと、行き着いたの風呂場だった。脱衣所の向こうのすりガラス戸は、湯気で曇っている。
「入れって?」
 こくりと頷いてみせる。汗ばんだ体には願っても無い事だったが、何故自分にそうされるのかがわからない。
 立ったままの嵐の背を押し、入るよう促した。
――まあいいか。

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