やや声を張り上げるが、言葉は返ってこなかった。これだけ近くでこれだけ声を大きくしているのに、この反応の無さ――不審に思っても仕方ない状況だが、いくらなんでもやりすぎではないか。そう思うと苛立ちが募ってきた。
「何か言いたい事あるなら、はっきり言ってくれ。何も言わなきゃわからん」
 腹立ちまぎれに言い放つも少女の反応は薄い。ただ口をぱくぱくと動かすのみである。
「……だから。何か言え! 言いたい事があるなら!」
 黒い瞳がじっ、と嵐を見据える。
――そう、先刻から。
 少女はずっと嵐を見据え、と言うよりも目を離さなかった。警戒しているのもあるだろうが、それ以外に――
「……話せないのか?」
 少女はこくりと頷いた。嵐は頭を抱える。
――参った。
 早くに気付くべきだった。自分の意思を伝えようと、ずっと嵐を見続けていた事に。
 そう考えた途端、おそろしい程の罪悪感にさいなまれた。
「……ごめん」
 何度目の謝罪だろうかと思い返す。
 同時に、内心で激しく後悔した。
――どうも、この森の波に飲まれてたな。
 雑鬼がそこらかしこに居るような森である。普通の森に比べ、生気も霊気も――邪気も数段上だ。気を抜けば飲まれ己を見失い、度を過ぎた行動を取ってしまう。
 今の自分の様に。
 頭を掻き、地図を取り出してマークしてある箇所を指差す。
「これは……」
 次に家を指した。
「……ここなのか?」
 少女は頷く。出会ってから十分。やっととれた交流にほっとし、地図をしまいつつ辺りを見回す。
「他に人はいないのか?」
 今度は首を横に振った。
「いるのか?」
 また首を横に振る。
「……どっちだよ」
 また、首を振る。進展の無いやりとりには馴れが必要だが――そう、わかってるのだが苛立ちは隠せない。気を静めようと一つ、二つ、大きく深呼吸をする。
「……まあ、いいや」
――とは言ったものの、実は途方にくれていた。もぬけの空だった、という話の通りであれば、失礼しますの一言で全ては済む。しかし現実にはこの少女がいた。交流を図るのに十分も必要な少女が。用件だけ済まして、さっさと帰る手もあるが――この拠所の無い眼を持つ少女を、放って置く事が出来なかった。
 どうも昔から、こう言う性分らしい。見つけては拾い、養い、満足する。
 それは幼い頃の雀に始まり、一通り動物を網羅し現在に至る。世話好きなのかお節介なのか、それとも自己満足か。後者だと罵られた事もあった。しかし、と溜息をつく。
――小心者だからなあ。
 放っておいたら放っておいたで、良心が痛むのだ。それを何故だ、と問われても困る。
 対応に困って考えあぐねいていると、ふいにぽつりと冷たいものが鼻の頭を叩いた。指で拭おうと手を上げた途端、次から次へと、雨粒が落ち始めた。ぼんやりとその様子を見ていた少女は突然、嵐の手を引く。
「……入れって?」
 その細腕から想像出来ぬ強さで縁側を上がらせる。
 土足のまま二、三歩、引きずられる様にして歩く。縁側に面した畳の部屋に立つと、少女は小さく微笑み、ぱたぱたと家の奥へと消えた。
 取り残された嵐はぽかん、とし、次いで慌てて靴を脱ぎ、縁側の石に立て掛けた。
――濡れるよな。
 かといって縁の下に置くわけにもいかない。気付けば虫の巣窟、なんてのは出来るだけ避けたい。
 脱いだところで、さて、と辺りを見回した。

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