「じゃあな。あんたも気をつけろよ。鬼に会ったらとりあえず熊を何とかしてほしいって言っといてくれ」
 豪快に笑い、男はバスを降りていった。
――鬼がいるんだ――
 現代社会において、そう言う人がいるのは驚きだった。
 過去において鬼とは恐れの対象であり、それが住まう所こそ闇であるとされた。
 限りなく闇が少なくなった現代において、そこに鬼が住まうとは――闇があると考える者は皆無に等しい。この様な隔絶された山村だからこそ、聞く言葉だ。
「鬼がいるなんて聞いてねぇ……」
「いるよ」
 ぼやきに答える者の声はか細く、高い。
 背後からする声に振り向かず、尋ねる。
「いるのか? 東北以外にいるなんて初耳だな」
「噂はいつまでもその域を脱し得ない。名は?」
「……士朗」
「嘘だね」
 くすり、と笑いを含んだ声で言う。
「……嵐」
「らん? 女の子みたい」
「嵐と書いてそう読む。噂が何だって?」
「何だ、聞かないの? 名前」
「知らない奴とお知り合いにはなりたかないんでね」
 名前を知り合う事で、そこに相手との縁が生まれる。人ならまだしも――人外の者との縁をこれ以上欲しいとも思わない。
「……つまんない」
「教えてくれたら良いモンやるよ」
「ふうん……。鬼、と言っても見たことないからね。ただ人があいつに会ったら二度と戻ってこない」
「絶対にか?」
「食べてるんじゃないの? あんな良い家に住んでるんだから一口ぐらいお裾分けしても良いと思わない?」
 人である手前、頷くわけにもいかない。
「家ってのは?」
「すぐそこ」
「そこ? 見えねぇぞ」
「あと半日歩けば」

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