しばし考えた後、答える。
「鷲山に行こうと思っているんです」
「……その格好でか?」
 男が不審がるのも当然だ。彼の格好といえば、ランニングに半袖シャツを羽織っただけという簡単ないでたちで、とても山に行く格好とは思えない軽装だ。かろうじて、ジーパンとトレッキングシューズがそれらしく見える。荷物も黒いリュック一つ、と何とも頼りない。
「その格好じゃきついよ。長袖にしときなよ」
「いや、鷲山の鷲鼻森に行くだけで……」
「同じ同じ! 虫もいるし、ウルシや何かでかぶれるって。俺の家来て長袖何か貸してやろうか?」
「いえ、平気です。すみません」
 ちらりと苦笑する。
「平気ならいいが……。鷲鼻森なんか行って何するんだね?」
「ああ、海山さんのお宅を訪ねようと思ってるんです。ご存知ですか?」
「海山? ……ああ、あの家か……」
 にやり、と男は笑った。
「あそこはな……出るぞ。殺人があったんだ」
「殺人?」
「噂だ。十年くらい前に肝だめしとかで若い奴ら四人が海山の家に入ったが、一日経っても二日経っても……とうとう一年経っても帰ってこなかった。それで俺らで海山の家に入ったがもぬけの空。とうとうそいつらは見付からなかった」
「……なぜ殺人なんですか?」
 若者らが自発的に姿を消したとも考えられる。
「村を出るにはこの道を通らなきゃならん。そいつらは車を持ってないのさ。四人もズラズラ歩いてたらすぐわかるだろう。山を抜ける手もあるが、岩場だらけで無理だ」
「それで殺人なんですか?」
「神隠しとか言う奴もいるけどな。昔も結構あったらしい」
「じゃあ十年以上前とかに……」
「ああ。親父の時にもあったって聞いたな。結局解決しなかったらしいが」
「……殺人か」
「鬼がいるのさ」
 男はポツリと呟き、タオルで汗を拭く。
「村じゃ、わけのわからん事があると鬼がやったと言ってる。そうして納得するんだ」
 黙っていると、ふいに男は立ち上がり彼の肩を大仰に叩いた。バスのスピードが緩み始めている。

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