「え」
 ぎょっとしたような顔になり、数野は襖と嵐とを見比べる。
「何かお部屋に不都合でもありましたか」
「ああ、いや、寝付けなくてうろうろしてたら自分の部屋がわからなくなったもんで。それでここの部屋でとりあえず」
「そのお酒は」
「すみません、自分のです。少し飲んで部屋に戻れば寝れるかなと思ってたから、つい。でもこの煙草は朝起きてからなんで……」
「はあ。ちょっとすみませんね」
 そう言って数野は嵐をよけ、襖を開ける。すると煙草の匂いと僅かな熱気があふれ出し、顔をしかめながらも数野は襖を全部開けきった。
 何者の姿もない室内は整然としたもので、畳や襖に新しい傷や汚れも見当たらない。
「まあ、寝煙草されたわけじゃないみたいだからいいけどねえ。気をつけてちょうだいよ。それにしても凄い煙だわね」
 顔の前で煙を払う仕草をしながら嵐を振り返る。
「お酒入ってたから寒くなかったのかしら。……まあいいわ。しばらくここは開けっ放しにしておくから、朱里、お祖父ちゃんに言っておいてね。お祖母ちゃん台所に戻るから」
 さっさと事を解決に導いた数野は昨晩と同じく、てきぱきと指示を出して廊下を戻って行った。
 そして昨晩と同じく残された二人はどちらともなく顔を見合わせ、朱里の方がさっと顔を背ける。先刻までの対応で人見知りは治ったかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
 その場から立ち去ろうとしない朱里へ嵐は声をかけた。
「ここって元々空き室だったの」
 少しだけ嵐を見上げた朱里は、暗い部屋へと視線を向けてぽつりぽつりと話し出す。
「本当は男の人で三名様の予約が入ってたんですけど」
「ふうん」
「……昨日、こっちに来る途中で事故に合って」
 朱里の声が微かに小さくなった。
「死んだのか」
 溜め息と共に聞くと、こくりと顎を引く。嵐は体から力が抜けていくのを感じた。
──やっぱりな。
 ここへ来た時に感じた妙な感覚。彼らを見た時に感じた違和感。彼らは既にこの世の者ではなかったのだ。空虚に聞こえた笑い声や懺悔するかのような言葉が耳の奥に思い出され、もう一度小さく息を吐く。
 彼らは忘れようとしていた。歪な輪の行方も、それがどんな形で曲げられたのかも。

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