半ば諦観したように溜め息をつき、嵐は鞄から封筒を取り出した。
「一週間くらい前にその手紙がうちに来ました。見ていいですよ」
 槇はパフェを脇に避けて白い封筒を手に取る。不思議なことに、裏表どちらも真白なままだった。宛名も差出人もない。
「直接投函されたクチか」
「多分。投函された時を見ていないのでどうとも言えないですが。中もどうぞ」
 嵐に促されるまま、恐る恐る中から丁寧に折り畳まれた手紙を取り出す。ほのかに花の香りが漂い、淡いピンク色の便箋と合って、差出人の心遣いが感じられた。これが通常の手続きを通って来た手紙であるなら喜べるというものだが、差出人不明となると不審が募る。
 薄い手紙を開くと、細い文字で縦書きに記されていた。
『頓道 嵐様 拝啓、益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。春の香もまばらになりました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。つきましては我が家の桜が咲きましたので、観桜会を催し、最後の一片まで楽しもうとの思い立ちにより、こうして招待状を送らせて頂いた次第でございます。ご家族、お友達と共に是非ともお越し下さいませ。お待ちしております 敬具』
 一通り目を通した槇は横から覗き込んでいた石本に手紙を渡すと、嵐に向き直った。
「お前、こんな風流な友達いたのかよ?」
「残念ながら思いつかないので、その住所と名前を調べてみました。住所については説明しなくてもわかりますね」
 石本が、あ、と声を上げるのが聞こえた。手紙から顔をあげて二人の顔を交互に見る。
「この住所って、あの屋敷じゃないですか」
「名前は聞いたことありませんか」
 聞きながら嵐は鞄からファイルを取り出し、中に挟んでいる書類の何枚かを抜き出す。言葉を濁す石本と槇の方へ向けて見えるように並べた。
「住所の横のその名前、蘇芳小五郎さんはあの屋敷の元所有者で、五十年ぐらい前に亡くなっています。……ついでに言っときますが、死人に友達もいませんよ」
 嵐が提示した書類をひったくるように見る石本に対し、槇は落ち着いたものだった。面白そうに嵐の顔を眺めてにやつく余裕は、自分が蚊帳の外にいるという自信からだろうか。
「屋敷が洋館なのは戦前に建てられたのが影響しているようです。だから最初は屋敷の施工主で高屋敷という一家が住んでいましたが、その後、高屋敷一家が引っ越して後に蘇芳一家があの屋敷に越してきたようです。ですが蘇芳小五郎が亡くなってすぐに蘇芳一家も転居、その後も越してきた人はいますが長続きしなかったみたいですね」
「だが、大地主だった蘇芳の力は偉大だったってわけか。あの丘全てが蘇芳の持ち物なもんだから、未だに土地の所有権は残って何も手入れされてない、と。一週間でよく調べたもんだな」
「あまり良い感じはしなかったもんで」
 そして大概、そういう予感は当たるものだと自身の経験が裏づけしている。
 槇など、嵐にとって悪い予感の根本と言っていい。だが、当の本人は嵐のそんな視線など気にせずに、書類を食い入るように見る石本を横目に言った。

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