ささやかな喫茶店は春の暖かさを愛しむように道に面した窓がほんの少し開けられ、天井でゆったりと回る木製の扇風機はそのまま緩やかな時間を刻む。
 昼も間近な時間に現れた男の三人連れに怪訝そうな顔をしながらも、更にはいい年をした中年がパフェを頼んでも、年老いた店主は問い詰めることなくカウンターの向こうに消えた。
 窓から少し離れた席を選らんだ面々は嵐を除き、半ば呆然としたような顔つきで椅子に座り込む。洋館から適当に話せる場所に向かうのに、これほど歩くとは想像しなかったに違いない。
「……えらい、遠いんですね」
 ようやく汗の引いた若い刑事がジャケットを脱ぎながら言う。槇などは早々にジャケットを脱ぎ、ワイシャツのボタンまで外している始末だ。出されたおしぼりで顔を拭いている。
 嵐も上着を脱いでおしぼりで手を拭き、出された氷水で喉を潤す。今年の春は本当に暖かく、今日は特に暖かい。こうして歩いただけでもうっすら汗ばむ。
 銀のトレイに二人分のアイスコーヒーと大きなパフェを乗せた店主がやって来てテーブルに置いていく。途端に先刻までの疲れた様子はどこへやら、槇はあっという間に手を伸ばしてパフェを自分の元に引き寄せた。
 呆気にとられた店主は「ごゆっくり」とお決まりの文句を呟くと、少し離れたカウンターに向かい、新聞を広げる。
「少しは自重して下さいよ」
 アイスコーヒーにガムシロップをいれながら、若い刑事が小声で抗議する。全くだ、と内心で頷きながら、嵐は既にコーヒーに口をつけていた。
「嗜好の自重なんざ馬鹿馬鹿しい。何か軽く食べといた方がいいと思うぜ」
 なあ、とパフェをつつきながら嵐に話を振る。
「……まあ、時間かかると思いますしね。食べますか?」
「ああ、それじゃあ」
 嵐が店主を呼んでサンドイッチを注文すると、ようやくタイミングを得たというように若い刑事が名刺を取り出した。
「自己紹介が遅くなりました。私は槇さんの部下で石本と言います」
「ああ、じゃあ苦労してるんじゃないですか。……すみません、名刺を持ってないので。頓道と言います」
 石本の名刺を財布にしまいながら苦笑する。ここにも被害者がいたか、とどこか同士を見るような気分だった。
「頓道さんもですか。そうすると槇さんの被害者ってどのくらい散らばってるのかなあ」
 苦笑してコーヒーを飲んだ。あまり良くない話題の上り方をされた槇は恨めしそうに石本を睨みつけ、わざとらしく長いスプーンを嵐に突きつけて話の方向性を変えた。このままだと自分が不利になると感じたのだろう。
「オレはともかく、お前だよお前。何であんな所にいた」
 槇さんは、と問い詰めようとして嵐は言葉を溜め息に変えた。こんななりをしていても槇は刑事だった。捜査の一環と思えば自分よりよっぽど説明がつく。

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