だから言葉を選びつつ選びつつ、慎重に吐き出される為に、どうしても断片的になってしまうのだ。そうして、言いながらいつも彼は涙を堪えていた。こんなことを言わなければならない状況にも相手にも、そして自分にも笹山は腹を立て、いつも涙を堪えていた。
泣けば相手が困ると、わかっていたから。
「……りょう」
顔を上げ、間近で見た笹山の目から涙が零れている。堪えている顔を見たことはあっても、涙を流す顔は見たことがない。初めてだった。
目に溜まる涙が月明かりを反射しているからか、それとも実際になのか、笹山の目に一瞬、生気が戻ったように見えた。
「いつも、遅いんだ。僕の方が早く気付くんだ。……ずるいよ」
「……うん」
「言わなきゃわからないのに、お前は言わないんだ」
「……うん」
「だから、屋上で待ってたのに」
武文は目を見開き、笹山の顔を見つめた。
「……そうだよな」
──思い出した。
夏に入ろうかと、季節が二の足を踏んでいるような頃、武文は教室でメモ紙を握り締めて考え込んでいた。考えていた、というよりも憤慨、もしくは怯えていたのかもしれない。メモ紙には笹山の字で「屋上で話そう」と書かれていた。
何を今更、と思ったのが正直なところである。武文が話したいと思った時には避けていたくせに、自分がいじめの対象になった途端にそんなことを言われても足は動かない。
だが一方で、自分が怯えているのだと悟った。笹山に糾弾されるかもしれない、今度こそ絶交されてしまうかもしれない──自身の内面を悟った途端、武文は鞄を掴んで転ぶように教室を出た。彼から逃げる為に。
屋上から笹山が転落したと聞いたのは、その次の日のことだった。聞いた瞬間、自分の心臓の音が教室中にこだまするような錯覚に陥ったのを覚えている。
変わったのは笹山ではない。武文の方だった。今まで忘れていられたのは、そこから自分が逃げようとしていたからだ。
変わったと思った笹山の目に映った自分が、変わってしまっていた。
自分の罪を裁いてほしいと思う気持ちが、笹山の真意までも歪めてしまっていたのだ。
「俺が、それ言おうとしてたんだよ、ずっと前に。……本当はずっと前に、俺が先に言うべきだったんだよな」
半ば自分に言い聞かせるようにして呟いてから、武文は笹山の目を見据えた。
はっきりとした声で、あの時は言えなかった言葉を。
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