「……わたしはただ「会いたい」としか聞いておらぬ」
 大して力はない。確かにそうだろう。笹山は現れた当初から一歩として動かず、少女のような強硬手段に訴えるつもりもないようだ。彼には許可なしに家屋へ入るだけの力がない。だからああして立ったまま、こちらを見つめている。
──だが、どういうことだ?
 笹山は塚に紙を埋めた。それは父親の言葉を聞いて後の行動か、前の行動かはわからないが、埋めた以上、まじないが何を成すかは知っていたに違いない。その目的とはやはり、武文に対する報復だろう。
 だからこそ、呪詛に託した想いに潰されたのならば尚更のこと、目的を果たす為に動くのではないだろうか。少女の話を聞く限りでは、その為に行動を起こした雰囲気は窺えない。
 しかし、その一方で笹山は武文に姿を見せているし、その近辺でも目撃している。彼は武文の近くにいる──いつも。
──「会いたい」。
「……りょう」
 震える声で武文が笹山の名を呼ぶ。そこには押さえきれない後悔ばかりが詰まっていた。その衝動に突き動かされて庭に出る武文を明良が止めようとするが、嵐と少女に制される。
 縁の下にあるサンダルなど目もくれず、庭に出てから足裏に痛みを覚えた。そこからじわりと地面の冷気が這い登ってくる。
 半年振りに対峙した友人の顔は武文の知る顔とは違っていた。ぼんやりと武文を見る目には力がなく、心なしか体の線が細くなった気がする。否、生身の体ではないのだから多少の差異は仕方ないだろうが、それでも、武文は笹山が「変わってしまった」と感じた。
 現れた時から一度たりとも武文から視線を離さない笹山に反して、武文はその顔を直視することが出来ない。
 その姿は武文の罪悪が形を成したものだった。
 笹山という友人の姿を借りて、武文を断罪する為に訪れた「別もの」だった。
──そう、武文にとっては。
「……遅いんだ、お前」
 風のように囁かれた声が武文の耳を打つ。あまりに小さな声に一度は聞き逃したが、同じ言葉を繰り返されて、初めて笹山が話したのだとわかった。
「遅いんだよ、お前、いつも……」
 断片的に言葉を紡ぐ癖は笹山のそれだった。
 どうしようもなく憤った時、彼は激昂することで発散する術を知らない。だから、いつもと同じ調子で自分が憤る理由を述べるのだが、その時、笹山の言葉は非常に断片的になる。それは本人も気付いていない癖だったが、武文にはわかった。
 笹山は誰かを傷つけることを非常に嫌う。波風も何もたてたくはない。けれど、本当に憤った時には主張する。しかし、意見をそのままぶつけては相手を傷つけてしまう。

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