「……お前に力は残されてるのか」
「わたしの周りのものへ影響を及ぼすほどの力はない」
「なら、ここの主は? どうだ」
「いたが、いない。お前の問いが一つ前のものとかけて発せられたものならば、彼の主にもそのような力はあったが、ない、と言える」
「……何だそれ」
「今も主はある。だが、無いのと同じ存在にまでなったようだ。実際を見ておらぬから真偽のほどは定かではないが、感知できる範囲で物を言えばそうなる」
 氏神が簡単なものにしても、呪詛の形式を取ったものに携わることがあるだろうか。それは無いだろう。神様がどんなものかは全く知らないが、自らに託されたものの善悪はともかく、穢れたものへの反応は敏感なはずだ。呪詛など穢れの塊と言っていい。
 それを甘受するというのは氏神が機能していないということで、そこへ来て三つ塚の主がここへ埋められた。だが、三つ塚の主を敷地から出さないほどには氏神の力も残っていたのだろうか。
「……いや」
 違う。それでは矛盾が生まれる。
 嵐は背後に控える社を見た。こぢんまりとした社は薄汚れていて、かつては綺麗だったのであろう屋根も苔に侵食されて地色もわからない。
 ただ、それでも一分の隙もなく閉ざされた小さな扉がかろうじての威厳を保たせていた。
──確かめた方が早いか。
 可能な限り避けて通りたい道ではあったが、止むを得まい。社の中を一瞬、見分させてもらえればいいだけだ。幸いにも、と振り返った道には人影がない。
「今しかねえか……」
 泥棒でもするような気分で社に向かう。実際、やろうとしていることは泥棒に近い。くわえていた煙草の火を消そうと携帯用灰皿を探すが、ポケットをまさぐっている内に嫌な予感が首をもたげた。
 明良に言わせれば、いらぬ我慢を細々と継続中だった嵐は、外で煙草を吸うことは控えていたのである。いや、つもりと言うべきか。灰皿の無い所では吸わないという極めて緩いルールの下、そんな自分の気分を叱咤激励するかの如く、携帯用灰皿を家の棚に押し込んで久しい。灰皿のある所では吸うものだから、相方である灰皿を無くして煙草だけが一人歩きし、今回のような羽目になった。
 指の間でじりじりとフィルターを焦がす火を恨めしく見ながら、さてどうするかと一考しかけた時である。嵐の足元を小さな影が走り去った。
 見送るまでもない。塚の前で立ち止まったそれは、嵐には見慣れた雑鬼の類である。骨と皮だけのような細い指を、うんざり顔の嵐につきつけて甲高い声で叫んだ。
「ここは神域ぞ。けがらわしい火を持ち込むでない」
「……いつからここはお前らの遊び場になったんだよ」
「黙れ。塚にも社にも触れるでない。されば災厄が……」
「面倒事はいつも間に合ってる。売ってやろうか」
 取り付く島を見せない嵐に対し、雑鬼はむう、と唸る。

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