「こわくないの?」
「怖いよ。今も、ずっと昔も」
 そう、怖い。炎ではなく己が怖い。今こうして笑みを浮かべる自分がいつ、生の為に人を殺めるのか――怖い。
「早く帰ろうな」
 再び少年が頷いた時、がくん、と足元が崩れ落ち心臓が宙に飛ぶような感覚を覚えた。危ないと思うよりも早く体は反応し、少年を庇うようにして受身をとった。息つく暇もなく、上から容赦なく火にまみれた瓦礫が襲う。
 いくら強靭な体と言えど、ここまで追い討ちをかけられては敵わない。
 肩や、背や、体中のあちこちが痛み、身じろぎして瓦礫をどけるだけで激痛が走る。
――一階だよな。
 階段の真下だろうかと見当をつけるが、動けそうにない。痛みに眉をしかめる慎に、少年は震える声で問うた。
「……大丈夫?」
 彼が動けなくなるという事は、そのまま助からない事を意味する。
「……あまり、大丈夫じゃないね」
 どうする。自分1人で死ぬならともかく、少年を巻き込むのは後免だ。少年一人で帰すには火が大きい。
――どうする。
 どうすればいい。また人を殺すのか。また生きる為に。
 また、殺す。
 また、何もできない。
 また。
――また。
「――させない」
 考えだけが虚しく頭を巡る中、燃えはぜる音を押し退けて声が耳に届いた。静かで、それでいて力強い。
「……賢也」
 白く輝く犬が、目の前に立っていた。



 裸足で飛び出した迂闊さを呪い、かと言って引き返す訳にもいかず恨めしく思いながら走る。
 始め、喧騒かと思っていた嵐の考えは角を曲がった途端に砕かれた。
 家の燃え盛る音が、ざわつくような轟音として聞こえていたのだ。あまりの凄まじさに嵐は言葉を失い、消防士に退けと言われるまで立ち尽くしていた。
「あんた、ぶんじさんの」
 覚えのある声がし、振り向けば見知った顔の男だった。

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