「裸足でどうした? まさか知り合いが……」
「男が入って行かなかったか。裸足の」
「あ!? あいつが知り合いか!?」
他人事で話を進めていた男が急に狽えだした。
「入ったきり出てこないんだよ!」
「……くそう」
仮にも鬼なのだからそうそう死ぬ事はないだろうが、炎に包まれでもしたらあるいは、等と不吉な思いがよぎる。
しかし死ぬのを望んで入ったならば、それは本望かもしれない。だが、またしかし、と疑問が首をもたげる。走って行った時の顔必死だった。
呼ばれる様に、と言ってもいい。
「子供助けに行ったのかね……」
呟く声に顔をあげる。
「子供? 中にいるのか」
「男の子がいるんだってよ。……ったく、見てらんねえなあ、もう!」
男の中で何かが弾けた様だ。
周りの人間に声をかけて、隣近所からバケツリレーを始めた。水道の近い家からはホースが伸ばされ、細い水が小さく、だが確実に火を消していく。その働き振りに消防士らも奮起し、当事者の夫婦とおぼしき男女の男の方が、バケツリレーに加わるが、女は呆けた様に家を見つめている。
じんじんと足の裏が痛んだ。現実に命を奪う相手に、非現実を相手にする嵐は為す術を持っていなかった。
「見付かったかね」
不意に横から声をかけられ、しかし、平静に応じる。
「今、聞く事か」
「聞く事だな。鬼がおるだろう」
「いるから何だ」
この状況下にあって尋ねる事ではないと思うと腹立たしさが募る。小鬼はこれみよがしに溜め息をついた。
「嫌味のつもりかよ」
「そう思うなら、何ぞ後ろめたい事でもあるのかね」
「あ?」
にい、と小鬼は笑う。
「あの鬼が気に入ったか」
「……死なせたくはねえな」
「ならば動け」
強い響きでもって頭に声が染み渡っていく。
「火を消すには水ぞ」
「当たり前の事……」
「それをあんたは持っているはずだ」
不意に、小鬼の顔が違って見えた。
「違うか。鬼と同郷の水を、あんたは持っているはずだ」
ちらりと見上げる小鬼の目と視線が合う。
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