息を吸えば吸った分だけ、周囲の熱気が我先にと飛び込んでくる。口許をおさえ、台所の蛇口――元は蛇口であった筈の金属に手をかけ引っ張った。既に捻る箇所はただれ落ち、ならば引っ張ってしまった方が早い。そう考えがいきつくのは鬼故かと、皮膚の焼ける臭いを嗅ぎながら自嘲気味に笑った。力を込め、痛みに顔をしかめて引っ張る。めき、と音がしたかと思うと設置部分に亀裂が走り、壁を破って細く水が噴き出た。火に晒された水は熱く、慎は間一髪のところで体を捻る。冷たさを取り戻した水を頭から被り、濡れた服を口にあてがった。
 濡れた服越しにする呼吸は幾分、楽だった。細い滝をまたぎ、台所を出る。すると奥の方で轟音をたて、床だか天井だかが崩れた。火の粉が慎に向かい、目をかばった腕にぽつぽつと小さな火傷を作った。
――どこだ。
 焦りは禁物とわかっていても、焦燥感が心を占めていく。
 どこにいる。いるなら示してくれ。声で、呼吸で――強い生命力で。
 おれにはわかる。
 六感を研ぎ澄まし一歩進んだ時、わあん、と泣き声が耳の奥まで響き渡った。決して近くではないが、声は脳を震わし慎の足を誘う。
 誘われるままに階段を上り、二階の小さな部屋の前に立つ。声が微かだが炎の燃え盛る音にまじって聞こえた。炎に包まれたドアは崩れそうで、来る者を拒んでいるようだ。蹴破ろうかと足元を見るが――今更になって裸足であることに気付いた。だが、と口許に笑みを浮かべる。
――大丈夫だな。
 意識的にしろ無意識的にしろ、煙草の火も消したのだし。妙な自信でもって、崩れている箇所からドアを壊していく。
 泣き声が止み、咳き込む声が聞こえた。ゆったりと、怯えさせぬ様にベッドの下に話し掛けた。
「行こう」
 そこには抗い難い響きと暖かさがあり、煤にまみれた小さな手が差し出された慎の手をとる。ひっぱりだすと、大きな瞳に一杯の驚愕を映した少年が出てきた。四、五才といったところだろうか。
「……だれ?」
 咳き込む少年を、まだ湿り気のある服を脱いでくるんだ。
「口をこれでおさえるんだ」
 こくり、と頷き従う。
 微笑んで返し、慎は部屋を飛び出した。
「遊んでたらすごく暑くなって、臭くなって、こわくて……」
「泣いてた? 偉いね」
 叱責がとぶかと思いきや穏やかな声が降ってきて驚く。
「泣いていたから見付けられた」
 極限状態にあって微笑む男は、少年にとって未知のものだった。

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