「その時、おれは人間をやめたんだ」
「……そうか」
「あの白い犬は、森を出た時から付いてきてる。多分、賢也だろう」
「三人目か?」
「おれが許せないんじゃないかな」
 笑って言うが、どこか諦めにも似ていた。
 慎はそれ以上話そうとせず、黙って風を身に受けている。
「お前が言ってた森だが」
「鷲鼻森か」
 予想がついていてだけに、そうか、としか言えなかった。
「まだ死にたいか」
「……まだ、死にたいな」
 また、そうか、とだけ答える。
 その時、嵐は何を思ったか突然立ち上がり、本堂の本尊の横から何かを持ってきた。
「煙草。お前吸う?」
「吸うが……」
 口篭る慎に一本渡すと、嵐は早々に火をつけてふかした。
「禁煙してたんだがな」
 吸いながらポツリと呟く。思いがけない嵐の独白に慎は微笑し、煙草に火をつける。
「……付き合わせたか?」
「いや。煙草でも吸ってなきゃ、やってられん時もあるさ。今もな」
「……おれもだ」
 一息吸えばニコチンが体を巡り、覚醒へ誘う。慣れるのが怖い感覚だ。
 しばらく紫煙がその場で浮いたり、流されたりし、何度目かに紫煙をくゆらせた嵐が口を開く。
「……お前が言ってた森だがな、知ってる」
 黙って慎は煙草をくわえた。
「お前らに水を出した子も。話すか?」
 いや、と言って慎は首を横に振った。
「いい。本当の事は、そんなに知らなくて良いんだ」
「……あやふやで良いと?」
「おれに似て丁度良い」
 くすりと笑って、煙を吐く。
「うまいだろ、これ」
 煙草を持ち、示す。
 確かにうまく、滞る事なく滑らかに煙草の成分が体内を巡った。
「高いんだ。ここの住職のだから」
 さらりと告白され、思わず煙を吸いすぎた。

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