涙を流しながらむせる慎の様子を、非道いことにくつくつ笑いながら嵐は見ていた。
「あんな所に隠してな」
にやにやと後ろの本尊を指す。
「それであの住職、こそこそ吸ってるんだ。高いから誰にも見付からないようにな」
その様子が目に浮かぶ様で、おかしかった。
「でもいいのか。勝手に」
「神様の前で隠し事はいかんだろ」
本尊の御足元に隠す程の度胸の持ち主である住職に内心で拍手し、その住職の上を行く嵐に密かに喝采をあびせた。
「君は、もっと人に無関心だと思っていた」
言われ、嵐は眉をひそめる。
「そうか?」
「ああ」
「お前に言われたくねえよ」
「どうして」
「お前だって」
「馬鹿言うな。友達は結構いた」
言い負かされて、嵐は言葉に詰まった。友達の少なさにかけては自分の右に出る者はいないと、妙な自負をしている。
「俺はいない」
「明良は」
「……あー……友達か」
「……違うのか」
「わからねえな。……多分友達だろ」
いい加減な口ぶりに明良を哀れに思う。
虫の音が大きく響き、夜風は冷たさを増していた。煙草を見つめ、慎はぽつりと呟く。
「おれも一つ告白するか」
煙草をくわえ直し、慎を見る。
「あ?」
「おれも禁煙中だった」
既に煙草の三分の一は灰と化して、階段に落ちている。
「……遅えよ」
「やっぱり、そうか」
「うまいからな、これ」
「ああ。久々に吸った」
ぽろり、と灰が一欠片落ち、慎は立ち上がって階段を降りると煙草を踏んで消した。
「押し付けて消せば良いのに」
見れば階段の段や手摺りには、小さい焦げ跡が多数見受けられる。住職や嵐、明良等がつけた所業の痕跡だろう。微笑してつぶれた煙草を拾いあげる。
「ゴミ箱はどこだ?」
そこ、と言おうとした時、耳をつんざくような金切り声が響いた。
「……女?」
「なんだ……」
立ち上がり、辺りを窺う。遠く、人々のざわめく声と悲鳴のようなものが聞こえた。――そして空を紅く染める光。
「火事か?」
嵐の言葉を耳にするや否や、慎は駆け出した。慌てて後を追うが、尋常ならぬ速さは鬼としての力からか、あっという間に引き離されてしまう。
息も切れ切れに走る嵐の脳裏を、嫌な想像がよぎる。
「……あいつ……!」
舌打ちし、暗闇を光に向かって駆けていった。
六章 終り
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