本当に美味かった、と慎は続けた。
 喉の渇いた彼等にふるまわれた水は、正に命の水と言うにふさわしく、美味かった。何杯飲んでも腹は膨れず、気付いた時にはすっかり日が暮れており――慌てて、屋敷を出た。
「けど、道はなかった。おれ達が来た道も森も」
 どれだけ歩き続けたのだろう。
 歩けども歩けども風景は変わらず、また太陽も沈まない。変わらぬ風景と変わらぬ光の中、不思議と疲労はなかった。
 しかしその変化の無さが、彼等の存在をあやふやにした。
「空腹を感じ始めた時、一人目が発狂した」
 空腹によるものでない事は、皆承知していた。
 変わらぬ時間が、そうさせたのである。
 一人目も、その後も。
「皆、限界だった。心も……体も」
 慎の話に、どこか奇妙な既視感を感じ、問う。
「……どうした、一人目は」
 ちらりと嵐を見て、迷いつつ重い口を開く。
「……食べたよ。……殺したんだ」
 驚愕よりも、哀しさが息を詰まらせる。
「腹も、よくわからない力も満たされた」
 今もあるその力は、何の為なのかわからない。
 友人を失ってまで得る様な力なのか、わからなかった。
「また歩いて……今度は二人目が発狂した」
「……食ったのか」
 慎は微苦笑して返しただけだった。
「……三人目は発狂しなかった」
 そう、発狂はしなかった。――それだけは嫌だと、彼は言っていた。
「自殺したんだ」
 何も言わず、何も残さず逝った友を前に、恐ろしく冷静だった。
 どうすればいいか。
――自分が生きる為に。
「……三人目も食べた。一人になって……無気味なくらい感覚が冴えたよ。森を出るのは簡単だった」
 そして己の浅ましさを知った。
 森を出れば容赦無く現実が襲い掛かり、永遠とも言える生を選んだ自身の浅ましさを呪った。
 何故、自分が生きて周りが死ぬのか。

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