一人で何が出来るとも思えず、何とも頼りない顔で見やるが、嵐は盆に食べ物を山盛り乗せて足早に退室してしまっていた。
予想は的を射ていた。盆の上から文机から展開される食べ物達は、一般家庭の冷蔵庫から繰り出されるものではない。慎はそれらを前にして目を丸くしていた。
「やっぱ儲けてんな、ここ。遠慮なんて馬鹿らしいからやめとけ」
「でも……」
「一週間、ずっと腹っぺらしだろ? そんな奴とまともな会話出来るとは思えないんでね」
「食べたら頼みを聞いてくれるのか」
「さっきよりかは親身になってやるよ」
答えになっていない。嵐は自身の満腹感を得るべく、既にパンを口に頬張っている。
恨めしそうにそれを見ていた慎も、やがて悟ったか、おにぎりに手を出した。それが腹におさまるや否やリミッターが外れたかのような食欲を見せ、あっという間に盆の上からも机上からも、先刻までの食べ物の山は消え失せてしまった。
食後の茶を後から来た明良に貰い、互いにすすりつつ満腹感に浸る」
「ほら見ろ。腹減ってたんじゃねえか」
「断食の辛さがよくわかった。食を断っている間よりも、その後が辛い」
不思議そうな顔をしている二人を見て笑う。
「始め、胃が受け付けないんだ。だから無理にでもつめこまないと」
「あー……それであの勢い」
納得したように、嵐は後方へ投げだした両腕に上半身の体重を預ける。
慎は苦笑し、茶を口に含んだ。
一時、休んでいた手を再び動かして片付けながら明良は嵐を覗き見る。
「どうする、これから」
「一旦、帰るよ」
驚き、思わずむせる慎に嵐は笑ってみせた。
「いや、放棄するわけじゃない。ただ鬼の話だなんて、こいつから何も聞いてなかったから用意も何もしてねえんだ」
「じゃあ……」
期待に身を乗り出した慎を、軽く制す。
「だから人殺しも鬼殺しもやらねぇって」
浮かしかけた腰をすとん、と落とし、明らかに気落ちした様子で嘆息する。
「……あんたに憑いているとかいうのは何とか出来るかもしれない。けどあんたを死なすのはな、やっぱ無理だ」
「……」
「その点についちゃ他の奴にあたってみるが、期待はするなよ」
顔を伏せたまま、慎は反応を見せない。
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