黄昏四辻の主と丁稚



 ……やあ、いらっしゃい。ここは初めて、って顔をしているね。そんな驚いた顔をしなさんな。寝起きのオレでもわかる。商売柄ピンときたんだ。
 今日はあまりに客が少ないから思わず昼寝をしちまってね。眠そうな声は勘弁しておくれよ。ただ、忙しすぎるのも難があるってもんだ。ここに来たならその理由もわかるだろう?
 うん? どうしたい、その変な顔は。……ああ、なるほど、外ね。また、目ざといお客さんだねえ。確かに、ここらは年中無休の黄昏時だが、時間の流れはきっちり一日二十四時間、朝昼晩ちゃんとあるよ。初心者にゃちょっとわかりにくいが、今はちょうど昼飯前。ほら、オレの腹の虫もそう言っているし、時計もご覧の通り。ちょっと古いが正確な時計だ。今は午前十一時四十五分……な? お客さんがここに来た時間とあまり変わらないだろ? だから、オレがしていたのは昼寝。間違っちゃいない。
 おっと、話が脱線した。ところで、初めてさんなら誰かの紹介があるだろう。一人で来られるような所じゃないし、何しろうちの姉御はその辺りが厳しくてねえ。紹介状があるとやや話が簡単になる。
 ……え? ふむ。ないと。そうか。うーん……うちの姉御は少し……かなり……いやだいぶの人嫌いでね。紹介状を持たない客はお断りしているんだが……お客さん、本当に一人でここまで? ……なるほどねえ。ちょっと不躾なことを聞くが、お客さん、一人でここまで来る度胸があるのに、どうしてここに来ちまったんだい?
 え、わ、ああすまん、泣かせるつもりはなかったんだが……どうしたもんかなあ。こんな珍事は滅多にないから見ものだろうが……ちょっとそこに腰かけて待っていておくれよ。泣かせちまった詫びに、一応姉御に話を伺ってくる。


 ……いやーお客さん。そのな、あのな、姉御が言うには、いやオレが言うんじゃないぞ。断じて。これは姉御の言葉だがな。
 なんと、会ってくれるそうだ! こりゃ凄い! あの筋金入りの人嫌いが珍しいこともあるもんだ。こりゃ、明日はここにも青空が見えちまうかなあ。いやあ、珍しい。
 あ、待て待て待て。怒るなよ。ちょっとからかっただけじゃないか。ごめんって。あまりにも珍しいことだから、つい、さ。
 そんなにって? そりゃ珍しいとも。この黄昏四辻に真っ昼間の太陽が昇るくらい珍しいさ。ま、そんなことが実際に起こったら四辻も壊れちまうけどな。それくらい珍しいんだ。お客さん、ついているよ。それが良い事か悪い事かは、まだわからないけどね。
 それじゃあ、改めて。黄昏四辻の三番角、十一の行灯屋へようこそおいで下さいました。オレは丁稚のツブテと申します。お客さまがご満足いただけるよう、尽力いたします。
 ……どうだい? ちょっと見直した? なんだ、その顔は。これでも姉御唯一の丁稚だからね。店の顔に恥じないよう、礼儀はきっちり仕込まれているんだよ。そりゃあ厳しいもんだった……え、その話はいらない? あ、そう。
 まあ、とにかくお上がりよ。お客さんにはどうも気軽に話しちまっていけないな。話しやすいっていうか。姉御には「お前は口から生まれたような奴だ」って褒められてさあ、いやあ照れるよ。
 どうした? また不思議そうな顔で。ああ、外観と店の形が合わないってか。何をおかしなことを言っているんだい。お客さん、いったい自分がどこに来たのかわかっているのかい? ここは時間のあわい。現実とは何もかもが違う。唯一同じなのは時間の流れだけさ。ただ、それがどの現実に即したものかはオレらにもわからないけどね。

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