黄昏四辻の主と丁稚



 だから、この建物も実はよくわからん。古民家なりに古い部分もあれば、妙に綺麗な場所もある。場所ごとに従っている時間が違うんだろうな。だからお客さん、勝手にうろついたらいけないよ。目的を果たす前に迷路にはまっちまっては元も子もない。
 さあ、ここだ。この部屋は四辻の時間と同じだから、大丈夫だよ。そこの座布団にどうぞ。お茶は何がいい? 緑茶、ほうじ茶、玄米茶。抹茶もあるけど、オレがたてるとろくなことがないからお勧めしないよ。玄米茶? おや、オレも好きなお茶だ。茶菓子は適当に、そこからつまんでおくれ。
 まあ、ゆっくりおしよ。何しろ、話は長い。
 さっきの姉御が会ってくれるという件だがね、実は一つだけ条件がある。大丈夫、別に魂をくれとか歯を抜くとか目玉をもらうとか尻小玉をいただくとかじゃない。いくら姉御でも人間相手にそんな外道はしないよ。
 なに、お客さんには、しばらく姉御の話につきあってもらうだけさ。それだけ。簡単だろう? ただ、長くなる話だ。多分だけど、かなり。正座が苦手なら崩した方がいいね。
 お茶のお替りは自由に。その急須からはずっと温かい玄米茶が出てくる。茶菓子は残念ながらそれ限りだ。なにしろ久しぶりのお客さんだし、初めてさんに姉御が会うっていうのも珍しいものだから、買い置きがなくってね。その辺はこちらの不徳で申し訳ない。
 便所に行きたくなったら、オレを呼んでおくれ。案内するから。ん? 何だい、いきなり不安そうな顔をして。え、オレ? そりゃ姉御の仕事中は席を外すとも。オレが手助け出来ることは何もないからね。……心細いって? うわあ、それは嬉しい言葉だなあ。にやにやしちゃうよ。でも、本当に一緒にはいられないんだ。
 大丈夫、お客さんは一人でここまで来られた。この先も大丈夫だよ。あ、その栗鹿の子はお勧め。食べてごらん、ほっとするから。
 ……うん、姉御の足音だ。あーちょっと機嫌悪いかなあ。作業中だったから。ま、大丈夫大丈夫。不機嫌でも仕事はちゃんとする人だよ。
 さ、頑張れ、お客さん。



 縁側の障子がすっと開かれ、ツブテが無言で一礼して退室するのも見ずに、白い羽織を肩にかけた少女が入る。後ろ手に障子を閉じる音が、荒々しく室内に響いた。
 年若い少女であった。大人になる少し前、自我と世界との合間でもがくような年頃に見えるが、険を含んだ目がその年齢をわからなくさせる。
 黒い髪はざっくりと肩で切られ、前髪は左目だけを覆い隠すように伸びていた。身なりに気を遣わないのか、それともツブテが言っていた作業中だったからか、衣服も紺色の作務衣と些末なもので、羽織の白が映えた。遠目に見れば少年に間違えられてもおかしくない恰好であり、その上、座布団にはあぐらで座すのだから尚更である。
 間近で見るからこそ線の細さで少女とわかるものの、手には細かい傷が目立ち、普段から裸足で活動しているらしい足は砂利道でも易々と歩けそうな逞しさを備えていた。
 少女は客人の前で羽織の裾を正し、あぐらをかいた両膝に手を置いて軽く礼をした。
「遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」

- 249 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -