「時、馳せりし夢」



「時、馳せりし夢」


 何を読んでるの? と慣れ親しんだ声が呼びかける。レムは顔を上げ、声の主を確かめた。妹のエリーだった。
 自分を振り返った姉の表情を確かめ、このまま話しても良さそうだと判断した妹はレムに駆け寄る。読書の邪魔をされることを一番に嫌う姉だった。
「昔の本」
 ちょうど読み終わったところのようで、レムは板のような端末の電源を切った。画面は暗くなり、覗きこんだエリーは不服そうな顔をする。
「わたしも見てみたかった」
「エリーは本読むの苦手でしょ」
「そんなわたしが好きになれる本だったかもしれないよ」
「でも、嘘か本当かわからない話だけど」
 エリーは顔をしかめる。
「あー……そういうのはちょっと」
「でしょ?」
 エリーは読書を苦手としたが、それでも何とか読めるのが恋愛小説であった。エリーにも共感できる部分があり、現実に即した舞台にはそれに見合った顛末があり、それは想像に難しくない。恋愛小説に限らず、エリーは現実的な話を好んだ。
 反面、苦手とするのが非現実的な小説であり、突飛な表現はしばしばエリーを混乱に陥れた。どうしてそうなるのか理解が及ばず、登場人物たちの考えも突飛に見える。想像するには情報が足りなさすぎ、だからといって文字が多すぎては読みにくい。
 自他共に認める読書家のレムは、そういった垣根が全く気にならない性質のようだった。だから、彼女は本当に何でも読む。恋愛から歴史、今回のように空想の物語まで。
 興味本位で声をかけたエリーだったが、その内容を読み解くことが出来るとは到底思えない。だが、声をかけた手前とばかりに「どんな話?」と聞いた。その妙な律儀さにレムは笑いながら、かいつまんで説明する。
「二つ読んだんだけどね。一つは何か、くたびれた男の人の話。信じてた仕事に裏切られたというか、その仕事も変わってるんだけど」
 その仕事の内容を説明されても、やはりエリーの想像は遠く及ばない。あいまいに返事をし、もう一つの説明も促す。レムはあっさりと突飛な内容を告げた。
「ドラゴンの医者の話」
「……はあ」
「私たちと同じくらいの年齢の男の子なのかなあ。特に書いてはいないんだけど」
「かっこいいの? それ」
「素直じゃないかも。患者のドラゴンに対して怒るし、親には八つ当たりするし」
「なにそれ、最悪……」
 レムはくすくすと笑った。
「そこだけ聞けばね。でも最後まで読むとちょっと変わるよ」
「わたしは無理だわ、それ」
「ね?」
「でも、それが本当なら多分違うかもだけど」

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