「時、馳せりし夢」



 どちらともなく、姉妹は天を仰いだ。本の中で読むような「空」はそこにはなく、薄暗い闇が遥か高い場所で蹲っている。しかし、それは夜空などではない。あまりの高さに地面からの明かりも届かない、硬い岩盤で出来た天井であった。
 天井といってもそれは遠く、そして天井を頂く壁もまた、遠かった。二人のいる場所かから天井を支える壁は見えず、あるはずなのだが果てしなく遠くてかすんでいる。そのため、居並ぶ高層の建物に紛れるようにして天井を支える柱たちが屹立していた。一見してランダムに並んでいるように見える柱だが、それらを線で結べば巨大な八角形がいくつも出来上がる。構造としてその方が天井の支えになりやすいらしいが、見栄えはあまりよろしくない。
 風景と言える風景は大してない、この広大な地下世界において、眺めは最優先すべき事柄ではないのか、と姉妹は常々考えていたが、大多数の人間にとってはどうでもいいことのようである。環境改善のための緑化と疑似太陽の照明によって、かつては人類が闊歩していたらしい「地上」の様子を真似てはいるものの、空だけは百年経っても作れる気配がなかった。
「その本って、史実なの? 作り話なの?」
 エリーは端末を示した。
 彼女たちは生まれも育ちも、この地下世界である。ちなみに二人の両親もそうで、両親たちの祖父母もそうだった。更に言えば曾祖父母もそうであり、もっと言えば二人の感知が及ばない更に前の世代まで、地下世界の住人だった。
 従って、彼女たちを含めた地下世界の住人全てが、この硬い岩盤の天井以外のものを知らず、「空」などというものを頭上に頂いて人類が闊歩していた時代など、ほとんど伝承に近い扱いの話だった。無論、それはその時代の資料が一つもないために検証のしようもないからであり、ゼロに近い情報から天井の向こう側への憧れなど抱きようがない。「外」というものがあるのかないのかということすら笑い話の種になる始末だった。
 「外」を望んではいけないから資料が全くないのか、と思えばその限りでもなく、レムのように端末を通して大昔の書物を呼び出して読むことは出来た。ただし、誰が借りたのかという記録は残るし、借りられる書物のジャンルもだいぶ偏ってはいた。直接的な表現で「外」を表すような書物──つまりは写真入りのものや絵つきのものはまずなく、それは絵本から料理本に至るまで徹底されていた。
 あとはレムの想像も及ばないような基準で統制されているらしいが、勿論、その基準とやらを彼女ら一般市民が知り得ることは出来ない。
 レムは特に「外」へ興味があるわけではなく、単に読む本を探していたらここへ辿り着いただけであり、それが真実なのか虚構なのかはあまり重要なことではなかった。「外」はあると叫ぶ人も、ないと叫ぶ人も、ただ自分の言いたいことを言っているだけのようで現実味がない。
 だから、貸出を許可されている本の内容がどれだけ突飛でも、それが現実にあったことなのかを判断することは困難を通り越して不毛な行いのように思えた。自らの存在意義を考えるのと同じくらい、意味のない思考である。

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