時、馳せりし夢 「二」



時、馳せりし夢 「二」


 自転車をおり、彼は汗を拭った。夏のはしりで風は湿り気を帯び、日差しは準備運動よろしく容赦ない。沢山の荷物を詰めて背負ったリュックは舗装されていない山道にさしかかった途端、まるで呪いでもかかったかのように重みを増した。家を出る時はあんなにも軽かったのに。一瞬、下ろして休もうかと思いかけて、ヘンデカはやめた。一度、足を止めたらきっともう前に進めなくなる。それでなくとも、この緩い坂道に辟易しているというのに。だらだらと続くこの道は、いつ通ってもヘンデカの体力を一定量削るという嫌がらせに成功していた。
 嘆息し、再び自転車にまたがる。前後共に幅広の車輪で、こういった山道にも強かった。父親が使っていたのを、家業と共に受け継いだものだが、今まで一度も壊れたことはない。ただしこの神話には裏があり、父親はそもそもこの自転車をあまり使ってはいなかった。
 彼には別の「足」があったのだ。
「……悠々としてんなあ……」
 麦わら帽子のつばを上げて、ヘンデカは青々とした空を仰ぐ。雲一つない青空には鳥と、鳥と言うにはいくらか無理のある巨体が空を悠然と行き交っていた。
 鳥と共に空を行き、「空の王」とも呼ばれる種族の名を、ドラゴンと言う。
 大きな翼一杯に風を受けて飛ぶさまは美しく、そして楽しそうだった。大人よりも小さな子供のドラゴンが楽しげに一回転して遊んでいる。
 ヘンデカは自転車にまたがり、ぽつりと呟いた。
「……やっぱ、空の上って涼しいのかな」
 帰ったら父親に聞いてみようと思う一方で、いつ自分がその恩恵にあやかれるのかと思うと、膨大な時の必要性を感じてうんざりとした。
 ドラゴンの医師として働いていた父親は、特に何がしかの物語の主人公になれるような英雄ではない。医師の腕は中の上、そのくせ稼ぐことにはとんと無頓着だったために収入は中の下、家もそれに見合った小さなものである。子供ながら、我が父親は医師に向いていないと常々思っており、それは周囲の人間も同じように思っていたようだ。
 しかし、人間誰しも特技はある。父親は医師としての腕はさて置いて、ドラゴンを手懐けることに関しては一流だった。餌、罠、時に交渉──知能の高い古龍などは人の言葉を解した──とありとあらゆる手段を用いて手懐ける。だが、決して傷つけない。周囲から賞賛を受けるのはそういう部分であり、ドラゴンを手懐けたいと思う酔狂たちの間では神格化されて語られる存在だった。
 しかし、罰当たりにもドラゴンをペットや自分の足代わりに考える輩に関しては、父親は激しく嫌悪した。無論、自分がそれを行っているということは棚に上げてである。「空の王」と愛玩動物を一緒にするとはけしからん、そんな奴には倉庫のネズミでもくれてやれ──己がドラゴンたちを手懐けるのは愛玩動物に対するそれとは違うのか、とヘンデカは聞いたことがあったが、好きなものに対しては直線的な視線しか注げない父親からは、あまり建設的な回答は得られなかった。

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