時、馳せりし夢 「二」



 なんとなしにヘンデカが理解できたのは、可愛がると言ってドラゴンたちの自由を奪うことを嫌悪するという部分だけであった。
 仲良くなるのに傷つける馬鹿があるか、彼らの領分を侵してなる親しさなんぞただの思い込みだ、と唾を飛ばして父親は語った。
 まあ、好きなのだろう。母親が呆れるくらいに、目に入れても痛くないはずの息子よりも、ドラゴンが。そんなことを言ったら「お前みたいな図体のでかい奴を目に入れたら失明する」と、まともなのか間抜けなのかわからない回答を頂いたことがあり、ヘンデカは妙な溜め息がもれた。
 父が、どうしてそんな術を身につけられたのかは、未だにわからない。
 自転車を立ち漕ぎしたり、押したりすること十数分、リュックを背負った背中には滝のような汗が流れ、ヘンデカは下ろしたくて仕方のないところを我慢した。下ろせば涼しい山の風が肌をさらってくれるだろうが、次に背負う時のリュックの重さは岩のそれと同じように感じるだろう。楽を得たいが手間を増やすのは避けたかった。
 ペダルを押す足の力は弱い。この山道を通い始めて数年経つものの、ヘンデカの太ももは未だこの坂道に慣れていなかった。漕ぐ度に微かな震えが襲う。
 肩で息をし、力の抜けそうになる指でしっかりとハンドルを握りしめ、やっとのことで坂道を抜けきったヘンデカの前に現れたのは、見上げるほどに高い崖と、その半分ほどを占める大きな洞窟への入り口であった。
 自転車を降り、ようやく人心地つけるとばかりにヘンデカはその場にへたり込む。大きく開けたそこは木もなく、日差しが直接照り付ける休憩には酷な場所だったが、洞窟から漂う冷気が焼けるような熱さを和らげてくれていた。
 息を整え、麦わら帽子で顔を仰いでいると、火照った体が段々と落ち着いてくる。やはり山の空気は下界とは違って心地よい。日陰に避難して昼寝としゃれ込みたいところだった。だが、そんな怠け心を見抜いたかの如く、洞窟の向こうからただ漂うだけだった冷気が礫となってヘンデカを襲った。
 途端に骨まで冷え切ったヘンデカは溜め息をつき、「はいはい……」とぼやきながら、自転車を押して洞窟の入り口に立つ。
「まいどー。ケルンの息子、ヘンデカでーす。往診に伺いましたよ、旦那」
 気の抜けた挨拶に応えるよう、暗闇の巣食う洞窟の奥底から低く唸るような声が聞こえる。今日も今日とて機嫌が悪い。ヘンデカは辟易しながら洞窟の側に自転車をたてかけ、リュックを背負い直した。
「お邪魔しますよー」
 発した声がカラカラに乾いている。水を飲もうと思ったが、洞窟の奥まで行けば地底湖がある。わざわざ、日光で暖められた水筒の水を飲む必要もない。
 ヘンデカはリュックの脇にぶら下げたカンテラに明りを灯し、前に掲げて進んだ。慣れた道ではあるが、体の大きい「旦那」が通ればそのたびに道は変わり、以前とは違う大きな岩が転がっていることもある。それは別に構わないし、明かりを灯さずともわかるのだが、たまに「旦那」の食い散らかしで、動物の死体が転がっているのはいただけなかった。

- 156 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -