時、馳せりし夢 「一」



時、馳せりし夢 「一」


 ヘンデカ、と呼ばれて冴えない男が振り向いた。無精髭にとかされていない髪、一見まともそうな背広を着てはいるが、よく見ると皺が寄っている。アイロンがけをする相手がいないのか、それだけの甲斐性がないのか、ヘンデカを知る人間は口を揃えて「その両方だ」と言う。
「あんだよ」
 ファーストフード店で朝食を取っているところを呼び掛けられ、ヘンデカは大変不機嫌そうだった。元々、朝が弱いので常に不機嫌ではあるが、食事の邪魔をされることを彼は特に嫌う。朝が弱いわりに朝食はしっかりした──もとい油っこいものばかりで、ハンバーガーに山盛りのポテト、今はないが、しめには砂糖たっぷりのシナモンロールと熱いコーヒーをいただくのが彼の朝の始まりだった。
 見慣れた光景ながらトリアーコンタは声をかけたことを後悔した。コーヒー一杯で朝は済ませるという彼からすれば、早々、胃もたれをもよおすような光景である。
 ボックス席の向かいに腰かけながら、トリアーコンタは嫌そうな顔を隠しもせず、ヘンデカの朝食を指さした。
「おれの目に朝っぱらからそんなもん見せるな。だから、この時間は嫌だっつってんのに」
「お前の胃袋なんかに遠慮してやる義理はねえよ。俺は食いたいもんを食ってるだけ」
 はあ、と盛大に長い溜め息をつき、トリアーコンタは頭を抱えた。そこへウェイトレスが注文を取りに来て、トリアーコンタはコーヒーを頼む。その様子を眺めながらヘンデカは言った。
「別に俺は会わなくてもいいんだけどな」
「そういうわけにはいかねえだろ」
 生真面目にトリアーコンタは言い、懐から分厚い封筒を取り出す。コーヒーを持って来たウェイトレスはいつものこと、という表情を作りながらも、好奇心を隠せないでいるようだった。分厚い封筒といえば中身は札束と、相場が決まっている。そして現実は相場にきちんとそって動いていた。
 ヘンデカは頬杖をついて、呆れたように溜め息をついた。
「……別に俺はこれもいらねえんだよ」
「出来ることならおれもそうしたい」
 トリアーコンタはヘンデカを指さした。
「だが上の判断だ。お前はまだうちに在籍していることになってる。経理担当としては断腸の思いだが仕方ない」
「返納も駄目ってかてえなあ」
「ならいっそのこと寄付をしろ! その方がまだ救われる」
「俺がな」
「おれの方だ!」

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