Piece27



 ヤンケがどんな言葉を口にしたところで、ネウンのそれを止める術はない。慰めの言葉を考えても、彼は既に自身の「死」というものをよく理解している。
 だから、ネウンは「壊れる」と表現したのだ。人間離れした体と知能を持つ己に、「死」という表現はあまりにも尊大すぎる。ただの機械にそのような甘美な表現は、勿体なさ過ぎてネウンは選び取ることが出来なかった。
「……我々というのは、ネウンさんの仲間のことですか?」
 静かに問うたヤンケに対し、ネウンは束の間黙してから座ろうと促した。
 何もない世界で存在感ばかりが大きい、小さな木箱を背に、二人は横に並んで座る。こうしてじっくりと話をしようという姿勢になったのは、これが初めてだった。
「日記は読めたか?」
 先刻の問いを無視して繰り出された質問に、ヤンケは素直に顎を引いた。考えてみればここは賭けの結果を披露する場であり、そのためにヤンケは例の「裏口」から入ったのだった。
「読めました。ほとんど偶然のようなものでしたけど」
 その偶然を意図的に作りだしてくれたのではないか、という想像は口にしないでおいた。ヤンケがそう思っていることも、ネウンは全てわかっているのではないかという予感があったからだ。全てを見通すような茶色の瞳は、機械とは思えないほど澄んでいた。
「一番最後にネウンさんが使った裏口の鍵がありました」
 ヤンケはぽつんと言葉を落とし込むように話す。その流れは緩慢で、ネウンとの会話を終わらせたくないという心理が働いていた。
「……あれは、『機構』の誰も知らないドアの鍵なんですね?」
 見上げた先で、ネウンが見返す。視線を逸らさず、ネウンは頷いた。
「裏口というより、既に放棄された出入り口と言った方が正しい。頻繁に使っていたのは二人ほどしかいなかった上に、その二人も亡くなった。わたしはその一方から教えられていたから、探し出すことが出来た」
「何のための出入り口だったんですか?」
 ネウンは数秒黙した後、平坦な口調で答えた。
「元は、外の情報を誰の目にも触れさせずに手に入れるためのものだった。だが、まず先にその用途で使っていた人間が亡くなった。次いで、その出入り口を引き継いだ人間も同じ用途で使っていたが、目的は多少異なる。彼は自らを告発するために、その扉を使っていた」
 ヤンケは彼、と舌の上で言葉を転がしてみる。何かが引っ掛かり、うまく飲み込むことが出来ないでいると、その様子を見ていたネウンが言葉を足した。
「日記が読めたのなら、ある程度の名は聞いてわかるだろう。彼とはソラン=バイド、そして初代の裏口の使用者がアマーティア=リブラだ」



 サムナはその場に立ち尽くしていた。文字通り「立ち尽くして」おり、人間であったなら途方に暮れていたと称していい状況にあった。

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