Piece27



 周囲には何一つなかった。木もなければ花もなく、いつもならデータに則った形で現れる家もない。真っ平らな地面を芝生が埋め尽くし、時折流れる風で体を揺らす。その中にあってヤンケと共に存在を許されたのはたった一つの木箱であり、それとて、彼女が腰掛けるのに丁度いいくらいの大きさであった。
 他には本当に何もなかった。点在して浮かぶ島もなく、綿菓子のように漂う雲もない。ヤンケが自らの逃げ込む場所として作ったはずの世界は、ただひたすら孤独を思い知らせるのに充分な装置へと変貌を遂げていた。
 ただし、それは誰の力によってでもなく、ヤンケ自身の意志によって成されたことである。
 人の気配もなく静かな世界は、四方八方からヤンケを押し潰そうと迫りくる。風も繁茂する草も偽物、ただ一つの生物として存在を許された己を、自分は神か何かと錯覚して遊んでいただけなのだろうか。これは電子の空間でも神の箱庭でもなく、死者の世界に等しい。
 自分はどうしてここを居心地がいいなどと思っていたのか、今更ながらにヤンケが不思議に思っていると、かさりと草を踏む音がした。振り返った先には、先日会った時よりもいくらか歳を重ねた姿のネウンが立っていた。
 ヤンケは苦笑する。
「なんだか、凄く久しぶりに会うような気がします」
 実際にはようやくひと月経つかどうかぐらいであり、「凄く」と強調したのは一つにネウンの姿が大きく影響していた。以前、会った時は壮年の容貌であり、それを「仕様」だとネウンは言った。だが、目の前に現れたネウンはあの時よりも皺が増え、肌からは張りが失われている。元より老成した雰囲気を持つ相手であったが、姿形がようやく、持ちうる空気に追いついてきたような感があった。
 ただし、それは通常とは異なる時間の流れによってである。
 ヤンケは胸のしこりを吐き出すように問うた。
「ネウンさんは、歳を取るんですね」
 常人であれば当たり前すぎて答えるのも馬鹿らしい質問だったが、ネウンは違う。彼を構成するものは半分以上が機械であり、老朽化という言葉が人間で言うところの加齢にあたるものの、その速度は極めて遅い。しかも、あれだけ緻密に生体との融合を果たしたのなら、見た目の年齢が加速度的に老化していくというのは、いささかちぐはぐな印象を与えるのだった。
 高価な技術であるのに、その対価が全く機能していない。
──ということは。
 ネウンはそうだ、と答えた。
「それが、わたしの欠陥だ」
 ヤンケは胸の前で握っていた手に力を込めた。
 構わずにネウンは続ける。
「……我々はアマーティアの加護を受けずに生まれた。その為、それぞれに欠陥がある。わたしの場合は老化だ。人よりも早く年を取る。これでもサムナと歳はそう変わらない」
 そして、とヤンケを見据えた。
「老化の果てにわたしは自らを維持出来なくなり、いずれ壊れる。それも遠くはないだろう」
 どこまでも淡々とした調子で言うネウンに、ヤンケはかける言葉が見当たらなかった。

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