062.心拍数(3)
ヨルドの話や学都で流れる噂を聞くと、悪魔のような少年に思える。だが、パロルはその奥にある優しさを知っていた。自分だけが知っている、という小さな自慢が好意に変わるのに、時間はかからなかった。
「リドゥンみたいに天才だったら、もうちょっとは欲目が出たかもしれないけど。……私は駄目」
パロルは便箋に目をやった。
「気も小さいし、ものすごい緊張もするし、人見知りもするし、魔法も苦手だし。でも、ここだけは頑張りたいかな」
「パロルが魔法苦手なんて言ったら、私なんかは壊滅的じゃないか……」
ヨルドがぼやくのを聞いて、パロルはくすくすと笑った。机の上の照明だけが照らす室内で、パロルにつられてヨルドも口許をほころばせる。
「今、どきどきしてる?」
「どうしたの?」
「隣のミーシャがさ、好きな人を見るとどきどきして集中出来ないんだって。この心拍数が恋愛の証拠とか言っちゃってさ。ミーシャが言うと嘘っぽいけど、パロルもそうなら本当なのかなーって」
ミーシャの恋愛遍歴は月単位、最速では日単位で更新されていく。そんなミーシャが「どきどきする」などと言っても、確かに信じられなかった。
「うーん」
パロルは天井の片隅を見つめ、そっと自分の胸に手を当てた。気のせいか、ほんのりと暖かい。
次いで、便箋に視線を転じた。暖かい胸が、とくとくと心拍数を上げていく。心地よい緊張だった。
「……うん、そうかも」
「ふうん、そうなんだなあ。ミーシャに冗談でしょって言っちゃったけど、明日謝らなきゃ」
「もう、ヨルドったら」
へへ、と笑ってヨルドは足をベッドの中に戻した。
「それならわかった、じゃあ寝る。でも、パロルも早く寝てよ。明日起きるのぐずったら、魔法使うからね」
「わかった、頑張る。おやすみ」
「おやすみ」
ヨルドは布団の中に戻り、ほどなくして寝息が聞こえ始めた。
パロルはしばらくベッドの上段を見つめた後、一つ深呼吸をして便箋に向き直り、ペンを取った。
胸の奥で速度を上げる心拍数を、そっと、言葉に落として。
終り
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