060.召し上がれ(9)


 耀が鞄からワインを取り出して、酒が並ぶテーブルに置くと、待ってましたとばかりに手が伸びる。やはり、ワインは彼らにとって特別なものだが──それにしても、広間に会した大人数が一気に詰め寄ると、いくら大柄な耀といえど耐え切れるものではなかった。人を掻き分けてどうにか逃れると、ヴェルポーリオが涼しげな顔をしてワインの入ったグラスを差し出す。

「……」

「購入者特権ってやつだよ。はい、お前の分もあるよ」

「手際がいいのか、せこいのか……」

 渡されたグラスを持って、人の波が落ち着くのを見守った。反対側の壁際ではガルベリオが、これもまたさっさとワインを手にして立ち、耀らを見ると掲げて挨拶した。イーレイリオは我関せずという風に椅子に腰掛け、エルと幸仁はどうにかワインを手に入れて笑いあっている。アルフィーリアとナイリティリアは人混みの及ばぬ所に立っていたが、アルファリオたちの姿が見えないことから察するに、彼らにワインを取りに行かせているに違いなかった。

 すっと視線をずらすと、扉の横に穏やかな表情で立つ青年が目に入り、その横には寄り添うようにして銀髪の青年が立っている。二人のスクラウディオだった。こちらが思うよりも悲劇的な風には見えず、耀はわずかにほっとする。

「そういや、お前に言ってなかった話」

「お前の悪行か」

 ヴェルポーリオが口を開き、耀は間髪入れずに返した。

「人聞きが悪いなあ。あれはね、おれが小さい頃、グランマによくいたずらしたってことだよ」

「……は?」

「落書きはあらかたやったし、部屋の鍵をロウソクで埋めたこともあった。机の引き出しにカエルを入れたり、ベッドに蛇を入れたこともあったなあ。だから殺されかけたこともあったよ、おれ。今では可愛い思い出だね」

「可愛くねえ!」

 これから挨拶しようとする相手がヴェルポーリオを目の当たりにした時、いったい、どれほどの怒りが向けられるのだろうと思うと、おそろしかった。それを今になって言い出したヴェルポーリオが恨めしい。

 今になって幸仁の気持ちがわかってきた。正直言って、会いたくない。

「まあ、大丈夫。昔はともかく、今はそんな力もないから」

「慰めるな。むかつくから」

「人の好意はきちんと貰っておかなきゃいけないよ。あ、ほら始まる」

 そう言った途端、音頭をとった者の掛け声に被せるようにして、盛大な乾杯の声が響き渡った。あちこちでグラスを交わす音がし、浮かれた空気が弾ける底には、グランマの目覚めへの緊張も見える。どうにも不思議な空気だったが、吸血鬼には心地よかった。

「乾杯」

 ヴェルポーリオがかちん、とグラスを交わす。その音だけで、鬱屈していた気分が吹き飛ぶのだから、パーティーとは不思議なものだ。

 耀が寄りかかっていた壁から背を離すと、ヴェルポーリオは一歩前に出て耀を振り返り、手招きをする。

「今日は一生に一度あるかないかのパーティーだ。さあ、召し上がれ」



終り

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