046.風切る坂道(2)
「ぷっ……」
「ったく、オレが何したって言うんだよ!なあ!」
「自分の胸に聞いてごらんなさい」
「……ああもう、一ヶ月が一日でこれかよ……」
立ち止まったネイサンは口の中でぶつぶつと悪態をついてから、笑いながら前を歩くヘレエを追いかける。
「あのな、忠告はもっと早くやってこその忠告だろ」
「あら、いつやろうと忠告に変わりないわよ。そもそもこんな事になったのは誰の所為かしら」
「それは」
「あなたの軽はずみな発言によるものだわ。まあ、お陰でカルテ地獄からは抜け出せたんだけど」
「そこらへんは感謝してくれよな」
「……胸を張るような事じゃないでしょ、って言ってんの」
呆れた口調のヘレエに苦笑してみせて、ネイサンは見えてきた坂道の終点を見上げた。
白茶けた道路を風が通り過ぎ、砂埃を舞い上がらせる。真っ青な空との接点が僅かにゆらめいていた。
風切る坂道の向こうにあるはずの終点を思い、二人で顔を見合わせて笑った時である。
坂道から白い小さな影が飛び出して空を滑空したのは。
「……おい」
ネイサンが低く呻く。ヘレエは顔を覆って溜め息をついた。
二人の様子をあざ笑うかのように白い影──紙飛行機が大空を優雅に舞い、頭上を通り過ぎてゆく。その道筋を辿るかのようにいくつもの紙飛行機が坂道の向こうから現れ、二人が愚痴を零しつつ歩んだ坂道をのんびりと下っていった。
表情を固くしてそれらを見送っていると、坂道の向こうから歓声が聞こえる。
「ねえ!どこまで飛んだ?」
「僕のは?」
「誰が一番遠くまで飛んだの!」
坂道の途中で立ち止まった二人を子供の歓声が迎えた。弾けるような笑顔の彼らを前にして悪態はつけず、かといってにっこり笑い返すことも出来なかった二人はこそこそと言い合う。
「子供は元気だねえ」
「孤児院へのボランティア研修っていうのは悪くないけど、それにしてもあなたの提案は最低だわ。誰の紙飛行機が一番飛ぶかって」
「仕方ねえだろ!?まさかこの坂道がこんなにいい風持ってるなんて思わなかったんだから」
「急な坂道を見てみなさいよ。下から風が吹き上げてくるのは当然」
「飛んできた紙飛行機をそのまんまにしておけないのも当然ってか」
「清掃業務のボランティアも出来て一石二鳥ね。相互評価欄にはちゃんと書いてあげるわよ」
「そりゃどうも」
「というわけで後よろしくっ」
勢いよく言うと、どこにそんな力が残っていたのか、ヘレエは泥まみれのスニーカーをびちゃびちゃ言わせて最後の道のりを一気に駆け上がった。
ネイサンは目を丸くしてその背中に怒鳴りつける。
「お前!協力とかなあ……!」
片手にこれまで回収した紙飛行機の入ったゴミ袋を掲げ、ヘレエは振り返った。
「したじゃない、六回も!神様も七日目はお休みになるものよ!」
「屁理屈言ってる場合かよ!!」
ヘレエは手をひらひらとさせて歩き出す。
「おい!」
ネイサンの大声にはもう振り返らない。そのまま坂道の終点にいる子供達の輪の中に溶け込む。笑いながらこちらを振り返り、子供達と一緒になって手を振っていた。
「あー……もう」
もはや罵声を浴びせる気にもならない。元凶は自分にあるとわかっていた。
ひきつった笑みを浮かべて手を振り返し、頭をかきながら水溜りだらけの坂道をとぼとぼと下っていく。
今夜はスコッチで一杯やろう。
別にヘレエに影響を受けたわけではないが、風切る坂道を下る道すがら、そんな事を考えずにはいられなかった。
終り
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