068.体温計(2)


 サジェインは気分が落ち込むのを感じた。リドゥンへの怒りよりも、パロルへの心配が募る。あの後、読んでももらえなかったのか。

「でもね」

 意外にも気丈な声が仔犬に向けられた。

「私、涙も出なかった。手紙を返されて、「ごめんなさい」って私の方が先に謝っちゃったのよ。別に、何も謝ることはなかったのにね。……でも、本当に悲しくなかったの。何も出てこなかった」

 あんなに、と言う。

「好きだったのにね。今でも好きだった時の事を思い出すと、嬉しくなる。ああ本当に好きなんだなあって自覚もあるわ。……ただ悲しくないだけ。ふられても、「ああ、そういうものなんだ」って妙に納得しちゃって、今は好きだった時よりもずっと落ち着いているのよ。変でしょう?」

 サジェインは投げ出した足で、あぐらをかく。足の上に置いた手を見つめた。

「だから今はよくわからなくなっちゃった。時間が経つにつれて、あれは恋じゃなかったんだって気持ちになるし、じゃあどきどきしたのは憧れだったのかって思うと……何だかそれも違うし。お陰で研修先でも怒られてばっかで、研修しに行ったのか怒られに行ったのかわからないくらい」

 パロルの穏やかな声を聞くうちに、仔犬はうとうととし始めているようだった。

「あんたに言っても、本当に仕方がないんだけどね。……ヨルドにも言えないし、サジェインにも何だか言いづらいし」

 突然、自分の名前が出てきたことに驚いて、鼓動が早くなる。

「……何でかなあ。昔はあんなに沢山、色んなことをサジェインに話してたのに、大きくなったら突然話づらくなっちゃった。喧嘩してるのを見て恐かったのもあるけど、学都に入ってお互い遠くなって、別人みたいに見えたのよね。気軽に話しかけちゃいけない気がして」

 悪いことしたな、とパロルは苦笑と共に言葉を吐き出した。

「サジェインはそうは思ってなかったみたい。昔みたいに話してくれたのに、私が勝手に恐がって「寄らないで」なんて言っちゃった」

──嫌われたわけじゃなかったのか。

 ほっとすると同時に、嬉しくなる。少しだけパロルの顔を見てみようと身を乗り出すと、パロルは仔犬の頭に自分の額を押し当てていた。その動作に、サジェインは苦笑を隠せない。

「今度謝ろう。許してくれるといいんだけど、許してくれなくても仕方がないよね。……でも、怒鳴られるとちょっと恐いかな。サジェインは声が大きいの」

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