068.体温計(3)
昔、自分がパロルと喧嘩した後、仲直りのためによくやった動作だ。ごめんね、と、怒りで火照った額を合わせてお互いの感情を量ろうとした。それを見た二人の両親が「また体温計やってる」と言って笑っていたことを思い出す。
サジェインが覚えていたことを、パロルも覚えていてくれた。
額を離し、パロルは仔犬を地面に戻した。
「ありがとう。今度また何かあったら、その時も聞いてね」
利口な仔犬は一声鳴いて返す。パロルは小さく笑ってその頭を撫で、中庭を後にした。
仔犬は更に利口なことに、その場にもう一人の客がいることを知っていた。低木が植わった花壇の向こうへ、淀みのない足取りでとっとっと歩いていく。そしてあぐらをかいた足に鼻を押し付けた。
「……何だよ」
そんなところで何をやっているんです?と、黒い瞳が問う。迷いのなさすぎる質問には、答えるべき言葉が見つかりにくい。
サジェインは仔犬を抱え上げ、目線の高さにまで持ち上げた。どの人間の前でも失わない愛想の良さは、野良としては最強の武器になるだろう。仔犬の顔は笑っているように見えた。
パロルがやったように、仔犬の頭に額を押し当ててみる。
──本当に、何をやっているんだか。
「……犬くせえ」
仔犬を小脇に抱え、サジェインはパロルの後を追いかけた。
そしてさほどの時間も要せず、サジェインはパロルに追いつくことが出来た。小走りに歩いたつもりでも、パロルとサジェインの歩幅は驚くほど違っていた。
それだけ、二人は変わったのだと感じた。
「パロル」
何ヶ月ぶりかに聞くサジェインの声に、パロルは肩をびくりとさせる。まだ恐いのか、彼女はこちらを振り返らなかった。
「お帰り。それと、犬」
「……犬?」
パロルは少しだけこちらを向く。
「こいつ野良だから、あんな所にほっといたら見つかる」
「……サジェインも、その子知ってるの?」
「……イードが餌やってるから。メイオンもかまってるし」
むっつりとしたサジェインの声に、パロルは小さく吹き出して笑った。
「サジェインらしいね」
「……どこが」
「ううん、いいの」
パロルは体全てをサジェインに向けた。
「ごめんね」
「……何が?」
わかってはいたが、知らないふりをした。パロルは嬉しそうに笑う。
「いいの。言いたかったから。その子、どこに連れて行けばいいの?」
「いいよ、おれが連れてくから」
「じゃあ一緒に行こう。久しぶりだもんね」
パロルに笑いかけられ、サジェインも少しだけ笑う。
「本当にな」
「私ね、沢山話したいことがあるの」
二人はゆっくりと歩き出した。体温計のように互いの気持ちの温度を思い出しながら、それが少しだけ、昔と変わったことを知りながら。
終わり
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