068.体温計(1)


 みっともないよ、という言葉に腹が立ったわけではない、と思う。喧嘩をしていれば、みっともなく地べたに転がることだって多々あるからだ。だから強くありたいと願う。せめて大事なものを守れるくらいには。

──ただ、みっともないことが大事なものを守れないことなら、みっともないことにはなりたくない。

 だから、そうなる前に少しだけ足掻いてみる。足掻いた結果、大事な者が別の人間を選ぶのなら、それでいい。サジェインの役目が終わっただけのことだ。

 パロルがどこにいるかなど、イードに言われなくてもわかっていた。あれから、パロルがいつ帰ってきて、どう会わないようにすればいいか考えない時はなかった。顔を合わせたところで「お帰り」の一言も出ないような気がしたからである。

 放課後の静かな中庭、生徒たちがほとんど避けるようにして、学都の中でも孤立しているような場所。パロルはどんな所にいても、そういう場所を見つけるのが上手く、そして好きだった。

 中庭に辿り着くと、探さなくてもパロルの姿を見つけることが出来た。リドゥンに手紙を渡していた場所を見つめるように、花壇の端に腰掛けている。膝にはイードがよくかまっていた仔犬を抱いていた。

 声をかけようとして、挨拶の一つも出てこないことに驚き、サジェインは何となくパロルの死角に移動する。そして彼女の斜め後ろ、低木の植わった花壇に隠れるようにして、地べたに座り込んだ。

──何をやってるんだか。

 花壇の影でひそかに落ち込んでいると、パロルの声が聞こえた。イードもよくやるように、仔犬に向かって話しているようだった。

「……あんたに言っても、仕方ないかもしれないけど」

 でも、ちょっと聞いてね、とパロルは仔犬を撫でる。

「あのね、私ここで告白したの。二週間前に。私にしては結構頑張ったんだけど。いつもなら逃げちゃうのに」

 しばらく黙った後、パロルが小さく嘆息する声が聞こえた。

「そしたら、ふられちゃった。手紙、読んでももらえなかった。便箋も封筒も選んで、徹夜して何度も書き直したものなのに、開けてももらえなかったの」

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