067.修正ペン(5)


「じゃあ、例えばの話だが。サジェインとお前の二人が窮地に陥ったとして、この修正ペンで危機を回避出来るような修正を、過去に行えるとしたら?ただし一回だけ」

「どちらかに使ったら、どちらかは助からないとか?」

「そうだ」

「なら僕は、サジェインと出会う直前まで過去を修正してもいい。そうすれば、僕ら二人が同時に窮地に直面する事態はなくなるでしょう?それって、修正ペンを使った人間には、その記憶は残るんですか」

「……そこまで考えてねえよ」

「残ってくれると僕はありがたいです」

「おれはまた、ない方がいいって言うんじゃねえかと思ったけどな」

「だって、そうしたら僕は今の気持ちのまま、またサジェインと会えるかもしれないでしょう?二度もサジェインに貸しを作るような生き方はしたくないですから」

「……ああそう」

 どこまで本気なんだか、といくらか力を込めてペンを回した時、ひょい、とメイオンの手を離れてイードの元へすっ飛んでいった。それを拾ってイードは執務机の前に立つ。

「生徒にカマかけるような真似をするからですよ、先生」

「……お前さ、実はパロルに嫉妬とかしてるんじゃないのか」

 なんとなしにメイオンが呟くと、イードはにっこりと笑って修正ペンを振り、未だに手をつけた様子のない反省文と判定用紙に向けて、中のインクをぶちまけた。

「ああっ!?」

 真っ白なインクで汚れた反省文など、読めるわけもない。イードはけろりとした様子で言う。

「何らかの理由で破損した反省文は再び書き直して、同じ講師たちが判定するんですよね、確か」

 メイオンはイードの言葉にぴんときて、青ざめた顔に苦笑いを浮かべた。

「……お前」

「その反省文の生徒、僕と同級です。その子には僕から言っておくので、先生は始末書を頑張って下さい」

 空になった修正ペンを机に置いて笑った。

「あの仔犬には、まだ名前もつけてませんし。わりと皆に気に入られてるみたいなんですよね」

「……わかったよ」

 それじゃあ、と言って、イードは退室する。始末書も改めてやってくる反省文も頭の痛い話だが、さしあたって片付けるべきは机に広がる修正液だった。

 メイオンは立ち上がり、溜め息と共に紫煙を吐き出した。


終り

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