066.非常口の向こう(5)


 だが、その反面、有象無象の噂の類もまた多かった。信憑性を裏付けるものはないが、氾濫する噂に追いやられて学都を辞去した生徒もいるのは事実である。閉鎖された空間で、噂は獣のように生徒たちの間を走り回り、大きく成長し、そして生徒たちもまたそれを楽しんでいるのだった。学都が持つ、独特の秘密主義の中で、ゴシップは最大の楽しみなのである。

 そして最近、生徒たちの耳目を集めているのがツァリの噂だったのだ。それでなくとも編入生は注目を集めやすいものである。生徒たちがあることないことを噂している間に、「本物」の噂が表に出てきてしまったというのが、事の始まりだった。

──彼女は、過去に殺人を犯したことがある。

 生徒たちの間で囁かれるようになれば、嫌でも講師の耳に入る。そしてノアクのように、からかいに走る人間もいた。そのために、ツァリは極力、学都の人間との付き合いを避けてきたのである。下手に反抗して、「また殺される」などと触れ回られるのは迷惑だった。

 なのに、メイオンはひたすらに避けるツァリの思惑などそ知らぬ顔で、度々、話しかけてくる。メイオンとて、ツァリの噂を知らないわけではないはずだった。

「……本当だと思うなら」

 ツァリは声を震わせて呟いた。

「どうして私に構うの。ほっといてよ。人殺しなんだから、皆と一緒に馬鹿にしてればいいじゃない」

「……突然、どうしてそういう話になるんだ」

 メイオンの顔を見ることが出来ない。俯いたまま、ツァリは眉をひそめた。

「なるでしょう?普通」

「待て待て。お前の悪いところはそうやって、すぐ自分で何でもかんでも決めるところだ。ちょっとは先生の話を聞け」

「いや」

「聞けっての、この間抜け」

 ツァリは横目でメイオンを見る。長い髪がさらりと揺れた。

「ここは過去だの何だの、関係なしに勉強出来る場所だ。そういう場所を大人が頑張って維持してるのに、肝心の子供がどうしてそこから逃げようとするんだ」

「周りが私を押し出すから」

「違うだろ。お前、ここから早く出たいだけだろ」

 メイオンの声が際立って聞こえた。ツァリは顔を上げる。

「おれはお前が人を殺してようが、強盗を働こうが関係ない。そんなのがお前のための勉強を妨げるとは思わないからだ。だから、おれは教えるし、お前が逃げ出そうとしたら引き止める」

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