066.非常口の向こう(4)
「あいつ、教員室でも自慢してんの?」
「自慢してるようには見えなかったがな。で、結局何やったんだ」
「いいよ、もう」
「いくねえよ。お前の担任はおれなんだから、事情も知らんとほっとけるか」
「学年主任に怒られるのが嫌なだけでしょ」
「当たり前だ。だから言ってみろって。ほら」
メイオンは仔犬を下ろし、ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。その匂いは、ツァリのものよりきつい。
「……あっちが悪いんだ。私が人を殺したのが本当かどうか、星を見て確かめてやろうなんて言いだすから。しかもクラス全員の前で」
「吊るし上げか?」
暢気に問うメイオンへ、ツァリは鼻で笑ってみせた。
「そんな度胸ないよ、あいつ。ただの嫌がらせ」
「ただの嫌がらせにお前がキレるのも珍しい」
ツァリは眉をひそめた。
「ただの嫌がらせなら慣れてる。皆、噂だと思ってるけど殺したのは本当だし。だから最初は黙ってた。でも、あいつ、何て言ったと思う?」
肩をすくめて、メイオンは話の続きを促す。ツァリは爪が食い込むほど、拳を握り締めた。
「せっかくだから、私の過去も星から読んでみようって。事件を検証してみようって!」
ツァリは素早く息を吸い込んだ。
「確かに殺したのは本当よ!だからって私の過去まで抉り出す必要がどこにあるの!?」
「それで取っ組み合いになったと」
その場を埋め尽くすツァリの怒気などものともせず、メイオンはのんびりと煙草を吸う。そんなメイオンの様子を眺め、ツァリは小さく深呼吸をして気を静めた。
「そう。あとはそっちの方がよく知ってるでしょ」
「左頬と右足の脛が随分、痛そうだったな。……あのな、やるなら今度からは外から見えない場所を殴れよ。だから問題になるんだよ」
「そうさせたのはあいつじゃない」
「つけこまれるようなネタを持ってんだから仕方がない。だって、本当だろ?」
容赦のない返答に、ツァリは黙り込んだ。
基本的に、平等な教育の供給を理念とする学都において、生徒の過去が詮索されることは少ない。生徒の家柄や、その生徒が過去にどんな事を行ったのかということは、学都の理事長と理事会、そして生徒の生活を預かる寮監しか知らないことである。講師に知らされるのは学歴と成績、簡単な傾向程度で、実際にそれだけで充分だった。過去が教育を左右してはいけないという考えの下、このような制度が成り立つ。
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