066.非常口の向こう(2)


 裏庭のこの場所はツァリにとって、学都の中で数少ないお気に入りだった。校舎にいても寮にいても、彼女の周りには彼女が外でやってきた事の噂がついて回る。事実をただ話すだけなら構わないが、そこへ覚えのない尾ひれや背びれがついて誇張されるのだから、迷惑な話だった。

 育ちのいい生徒たちは、まるで汚れた物でも見るようにツァリを見て、遠ざけ、笑い、そして恐れる。学都に投げ込まれて二日目で、ツァリはすぐにでも学都を出てやろうと決意した。

 出来が悪いと親に散々言われた頭をフル稼働し、いつもぎりぎりのところで留年は免れている。今は四年だが、順当に行けば来年には就職の名目で学都を出られる。問題は「素行不良」とされた過去を払拭するだけの成績を出さなければならないことだ。普通の生徒なら通常の成績で出ることも可能だが、ツァリのような生徒は通常以上の成績を叩き出さねばならない。

 だから、いつも頑張っている。どんな生徒よりも勉強をして、常に努力を惜しまない。全ては学都を出るためだ。

──もったいねえ奴。

 元素学の講師である、メイオンの声が蘇った。こちらの気も知らない暢気な声に、ツァリは思わず煙草を噛み潰す。すると、途端にものすごい味が口中に広がり、ツァリはむせながら起き上がった。

 煙草の頭を潰して火を消しながら、ぺっぺっ、と口の中の葉を吐き出す。口の中の異物感はなくなったが、一度広がった味は薄まる気配もない。仕方なしに水でも飲みに行こうと立ち上がった時、不意に、草むらからボールが飛び出し、それを追いかけて茶色い仔犬が現れた。

 ツァリの存在などまったく眼中に入っておらず、仔犬は夢中になってボールに噛み付く。ボールが飛び出した、ということは投げた人間がいるはずで、本来ならばボールを持って帰るのが犬の務めだろうが、仔犬はお構いなしにその場でじゃれ始めた。

 まだ、そういった訓練がされるほどの年齢ではないのか、ころころとした仔犬がボールとじゃれあう姿は可愛らしい。ツァリが小さく吹き出して笑うと、仔犬はやっと気付いたようにツァリを見上げた。

 逃げるか、と思って見返すが、逃げる気配もない。逆に、じゃれついていたボールから離れ、ツァリと距離を取った。一緒に遊ぼう、と言われているようだった。その証拠に、ツァリがボールを手に取ると、その一瞬を見逃すまいとして目が爛々と輝き始める。人間に慣れているようだが、輝く瞳には野を生きるための知性が備わっていた。

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