065.集団生活(2)


 このところ、よく来る男の子はパンもくれるし、撫でてくれるし、構ってもくれるので、今一番の私の仲良しです。私が知る人間の中で一番、話しかけてもくれます。ただ、その中には「かわいい」や「えらいね」がないので、きっと、私に向けた言葉ではないのでしょう。でも、話しかけている時の男の子の目は決して、私から外れることはありません。私は目を見て話す相手には、真摯に対応するようにしています。

 ただ、食事中はどうしてもそれは出来ません。食事は私にとって、一番重要なのです。だから、どうしても話したい時は待ってて下さいね。急いで食事を済ませて、あなたの元に駆けつけます。

 話がそれました。男の子は、私に話しかける時はいつも元気がありません。笑っていても、笑っているようには見えません。私が一生懸命励まそうとしても、心の底から楽しんではくれません。匂いでわかるのです。でも、顔はとても楽しそうです。それが私には寂しい。

 だから、今日はちょっとだけ趣向を変えてみました。もしかしたら、恥ずかしがりやなのかもしれません。食事に勤しむふりをして、男の子の話を真剣に聞いていました。すると、今日はいつもよりも沢山話してくれた気がします。男の子は「幸せ」という言葉を使いました。

 「幸せ」。私にとっての幸せは、ご飯をお腹一杯食べられること、疲れるまで遊べること、安心して夜を眠れること。あとは、今はいませんが、仲間を持って仲良く暮らすこと。今のところ、最初の二つは実現出来ているので、幸せです。安心して眠れる場所があれば言うことありませんが、居候の身でそんなことは言いません。犬は慎ましいものなのです。

 じゃあ、人間の「幸せ」はどういうものかと考えてみました。多分、お腹一杯食べられることは幸せだと思います。あとは遊べること、ぐっすり眠れることも幸せじゃないでしょうか。他の人間と一緒に笑っているところを見ると、それも幸せの一つだと思いますが、中にはいがみ合っている人間もいます。ここには沢山の人間がいるので、そういう場面を沢山見ます。集団生活をする上で避けて通れない道なのだと、私の本能が教えてくれますが、多分、人間は本能でいがみ合っているのではないと思うのです。どうしてそう思うのかは、残念ながら人間になったことがないので私にはわかりません。でも、いつかわかればいいと思って、日々観察です。

 男の子の言う「幸せ」は、もしかしたら、それらとは違うものかもしれませんでした。だから、もうちょっとだけ詳しくお話しを聞かせてくれませんか、と尋ねてみたところ、男の子はぎこちなく笑ってくれたのです。満面の笑みではなかったのですが、それがもう、本当に、私が今まで見た中で一番の笑顔でした。

 私は嬉しくなって、もっと話して笑って下さいよ、と鼻を手に押し付けてみました。そうしたら、男の子はもっと笑ってくれました。私が今まで見た中で一番の笑顔でした。……そうすると、その前の笑顔は二番目になりますね。失礼しました。でも、それぐらい嬉しかったのです。

 男の子はそれから、今までよりも沢山のご飯をくれるようになりました。あと、今までよりも沢山、遊んでくれるようになりました。私はあなたの顔を見れるだけで嬉しくなるのに、こんなにしてもらっていいのでしょうか。でも、嬉しいことは嬉しいので、内緒にしておきます。

 でも、本当に時々、時々にだけ、男の子は寂しそうになります。そんな時は私の出番です。この毛皮も、耳も尻尾も、男の子のために身づくろいはかかせません。だから、あまり逆に撫でたりしないで下さいね。せっかく綺麗にしたのに。

 私たちも群れる生き物です。人間はもっと群れる生き物です。人間の群にははぐれる者もいますが、はぐれたらはぐれたなりに生きていくのだから不思議です。そして、そんなはぐれ者を迫害するのではなく、人間は同じ群の人間をよく虐げているのだから、もっと不思議です。群の仲間は群で守るのが生き物というものなのに、とすれば、人間は生き物ではないのでしょうか。生き物でなければ、人間は何なのでしょう。……私の頭ではよくわかりません。いつかわかる日が来るようにと、やはり日々の観察はかかせません。

 ただ、やっぱり非常に面倒な生き物ということだけは確実です。犬はもっと有意義に、知性的に生きますよ、と教えたい。でも、それは今のところ重要な問題ではないので、優先順位を下げておこうと思います。

 そんな私ですが、実は名前がまだありません。男の子につけてもらいたいのですが、今更な気がしてどうしても上手く伝えることが出来ません。

 というわけで、募集です。私の名前。あ、でも、遠くから呼んで恥ずかしくない名前をお願いしますね。私これでも、立派なオス犬ですから。


終り

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