いつまでも




※2010/6/6「このはなずかん」さんへ寄稿
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 雪とは、日常の様相を一変させるばかりか、人がそこにいたであろう音までも吸い込んで、全てを静寂の中に放り込んでしまう。ただ、しんしんと降り続ける雪が着床していく音だけが、その静けさの中にあって存在を許されるのだった。
 雪が積もる音など聞こえはしない、と思っていた手前、せっかくだからその音を聞いてみたい。名彦はそれまで黙々と進めていた足を止め、中空を見つめた。
 新雪を掻き分けていた音が止み、耳には痛いほどの静寂が襲い掛かる。きいん、と耳の奥で金属が共鳴するような音がし、その音にも慣れた頃、耳を支配していた金属音が段々と遠のいていくのがわかる。そしてやがて、金属音が響いていた空間を埋めるべく、外から小さな音が聞こえてきた。どんな音とも例えがたく、それでも、あえて名彦が今まで聞いてきた音で例えるならば、小動物が雪を齧っているような音だろうか。
 積もっているはずの音が、齧られている音に聞こえるとは、と、名彦はふっと笑って再び足を動かした。自分の耳が良いのか悪いのか、こういう時に判断に困る。
 降りゆく雪は、いささか湿り気を帯びていた。これが冬の真っ只中であれば、名彦の足を時々に捕らえる細かい雪が、粉のように吹雪くのだろう。だが、その上に積もる雪は、手にすれば微かな重みをもたらす。雪の溶け切らない山村にも、段々と冬の終わりが近づいているのだということが感じられた。
 顔をあげた名彦の頬に、雪が触れて溶ける。寒さで感覚の麻痺した頬でさえも、その冷たさは痛いほど感じたが、名彦は目の前に現れたものに注意を奪われていた。
「……ああ」
 白い世界を背景に、天へ向かう細い枝が見える。その先には、ほのかな黄色味を帯びた白い花が、少ない葉を従えて一つずつ大事そうに咲いていた。両刃の剣先が空を向いているようにも見えるが、その実、花の輪郭は驚くほど柔らかい。ぽつんぽつんと咲く花は、雪の中にあっても、春の暖かさを人へ想起させる。
 実際、それは春に咲く花だった。
 名彦は息をつき、その花木が見える家へ向かう。どうやら農家の家らしく、家だけでなく敷地そのものも大きいようだ。家の様子を眺めながら人や車の通った跡がわずかに残る坂道を辿り、門をくぐってみると、その光景は傍から見るよりも異様だった。

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