いつまでも




 それなりの広さを持つ庭に草花の彩りはなく、全ての色が白と灰色に塗り替えられている。その中でたった一つ、春の色を有するのがあの花だった。
 庭の端、塀沿いに一本だけ立つ、風景と相容れない植生を持つその花を、白木蓮と言う。
 名彦は断りもなく、とことこと白木蓮へ近づいた。何回か雪かきをしているらしく、足元を少しの雪が邪魔する程度である。そんなものが、名彦の足を止められるはずもなかった。
 植物は名彦を呼び、名彦もまた、その声が聞こえる者としての義務を負っていた。
 近くで見上げると、そう大きくない木であることがわかる。全体的にほっそりとした枝振りで、その上に塊のような花が乗っかっているさまは愛らしい。思わず、顔をほころばせて見上げていた名彦は視線を下へずらして、ふっと笑みをおさめる。そして、しばらく考え込んだ後、屈んで根の辺りに触れた。
「……」
 名彦が自身の吐く白い息を見つめていると、「おい」という、警戒に怒りを滲ませた男の声がぶつけられた。さして驚くでもなく、のんびりとした動作で振り返れば、縁側から出てきたらしい家主と思われる壮年の男と、その後ろには同年くらいの女が立っている。男の方は白髪混じりの頭にそぐわない気迫を持ち、手にした物干し竿には明らかな意図が見て取れた。女は名彦に対して警戒してはいるが、一方で、男がやりすぎないかと危惧しているようでもある。そう深く考えを巡らさずとも、二人が夫婦であることは一目瞭然であった。
「人んちの庭で、何やってんだ。とっとと出てけ」
 そう言うや、物干し竿を構える。
 名彦はぎょっとして、口を開いた。
「あ、いや、ちょっとお待ちください。自分は名彦と申しますが、ここは冨平頼子さんのお宅ではありませんか」
 女は自分の名が出たことに驚いたが、次の瞬間、名彦の正体を悟ったようだった。
 それまで夫の後ろに立っていたものを、彼の腕に軽くつかまりながら前へ一歩出る。
「あの、樹木医の方ですか?」
 名彦はゆっくりと立ち上がり、曖昧な笑みを浮かべて「そんなものです」と答えた。


 頼子の夫は名を勇といい、名乗ったはいいが、家へあげてからも名彦への警戒を解かずにいた。その所為で、暖かな炬燵のある居間へは通されず、白木蓮の見える縁側でお茶をすする羽目となる。もっとも、名彦には自他共に認める我慢強さが備わっており、雪の降る外よりは遥かに快適だとすら考えていた。

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