八月三十一日の帰還者たち

(1)


※2014/10/1「ゆるゆるSF企画2」さん参加作品



 四角く切り取られた風景を眺め、航は大きく溜め息をついた。
 一枚のガラスを隔てて向こうの世界は色鮮やかに季節を映しだし、風景の上半分は抜けるような青空、下半分は燃えるような緑で見る者の目を焼く。うっかり見つめようものなら手ひどい仕打ちを受ける大自然の美しさは、夏の盛りを過ぎようかという頃合いでも、その勢いを失わなかった。
 窓に触れるとひんやりと冷たい。建物の中はコンピューターによって快適な温度になるよう、自動的にエアコンで管理されているのが常だが、このところは毎年上昇する気温によって冷やしすぎの面も否めなかった。お陰で外から中へ入った時、体を慣らすために数秒立ち止まって休まなければならない。若い時はそうでもなかったのに、と三十半ばにして航は老いを感じ始めていた。
 外はむっとするような暑さで埋め尽くされている。航が中学生くらいまでは暑いと言っても許容範囲内にあったが、年を重ねるにつれて人間の行動を阻害するまでになった。そのため夏の昼間となれば好んで外を出歩くような酔狂はおらず、やむなく外出する人々も足早に自動運転のタクシーへと乗り込む。つい最近になって料金を取るようになったが、今までは無料で使用できる交通機関の一つであった。同じく自動運転の列車の快適さに客を取られたため──こちらは少額の対価を当初から要求していた──挽回にと最新車種を入れ、サービスを担う人工知能を最新の物に変えた結果が有料への転換である。
 基本的に、今を生きる人々の金銭の感覚は、航が中学生の頃とはだいぶ異なっていた。生活のほとんどが機械とコンピューターによって担われるようになった昨今、労働もそのお鉢を機械に奪われて久しく、対価として得られていた金銭は年齢や病歴など、様々な基準を審査した上で国から支給される物になっている。無論、人間でなければ出来ない仕事もあり、そういった職業に従事しているということも審査の中に加味された。
 ともあれ、かつては労苦と辛酸と微かな達成感の上に得ていた物はほっといていても勝手に支払われるものとなり、金銭に対する良心や悪心のハードルはあってないようなものだった。何せ働かなくとも支払われるのである。
 色々と便利になりすぎてすっかりやることのなくなった人類は、金銭への執着をあっさり捨てて、金では買えない物へと意識を向けるようになった。
 それは、宇宙である。
 航が中学生の頃は、ようやく宇宙へ移住しようかという風が世間に流れ始めたぐらいで、前述の躍進がなければ宇宙への本格的な進出はなかっただろうとも言われている。科学技術は地上の生活を一変させるほどに発達したのだから、宇宙、あるいはその当時でさえも得体の知れなかった深海へ目を向けても、遜色ない働きをするだろうという好奇心と知識欲を大いに刺激し、予算に尻を炙られる心配のなくなった研究者たちはこぞって知識を競いあった。
 そして深海派、宇宙派の二部門に分かれて人類進出の計画を練り、実験が始まったのは航が中学を卒業しようかという頃だった。

- 38 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -