八月三十一日の帰還者たち

(2)


 中学生の頃、と何かと引き合いに出すことの多かった年齢は、そのことに由来する。
 普通の中学三年間では味わえない激動の時代だったと思い返すが、あの年齢で「激動」だったと実感したことはない。毎日の生活に追われ、大人は自由を満喫しているのに、どうして自分たちだけは昔ながらの学生をしなければならないのかと恨んだこともあった。
 全てはテレビの向こうで大人たちが決めていることであり、テレビのこちら側にいる航たち子供はそれを眺めて「なるほど」と大人ぶってみるくらいで、細かな所を理解しているわけではなかった。
 深海派、宇宙派の二派に分かれた人類進出計画など、どこかの頭のいい大人たちがやることで、その字面だけが航たちの目の前に来るとしたら、空想の物語として現れるに違いないと他人事のように考えていた。
 しかし、世の中は案外と狭い網の目で出来ており、航のもっとも身近な人物をすくい上げていったのである。
 窓の外の空気は重い。かき分けるようなみっしりとした夏の空気は濃厚な生き物の気配を漂わせる。重力の中にあってのみ存在を許されるそれらは晩夏の匂いを伴い、重力を忘れた「帰還者」たちを迎え入れる。
「……どうかされましたか? 小鳥遊先生」
 名字を呼ばれて航が振り向くと、数学教諭の吉川がいた。
「いえ。今日まで補修お疲れ様です」
 吉川の皺だらけの手には教諭専用の端末が握られている。それを認めて、航は教員室に表示されていた今日の予定を思い出したのだった。
 吉川は目尻に皺を寄せて笑う。
「世の中、便利になるだけなって、学校は旧来のままっていうのもおかしな話ですけどね」
「本当に。私もまさか教師になるとは思いもしませんでした」
「まあ、制度はまるっきり変わっちゃいましたけどねえ」
 ぼやくように言ってから、吉川はつと、外の青空に目を向ける。
「……どうしてこんな時季なのか」
 え、と航が聞き返すと、吉川は人のよさそうな顔に苦笑を浮かべた。
「いえね、日本もこんな暑い時にわざわざ帰らせるようなことをしなくても、もっと気候のいい時季にすればいいのにって、家でよく話しているんですよ」
 航は眼鏡の位置を直し、吉川に合わせて笑顔を作った。
「単に、宇宙へ出た時が夏休みの始めだったからというだけで設定したみたいですよ。それにほら、春や秋は重度の花粉症の帰還者もいるみたいですし、冬は風邪をこじらされても困りますし」
「夏休みの終わりですか。……やっぱり学生なんですねえ」
 妙に感慨深い調子で吉川が言う。やっぱり、という部分には腑に落ちたような響きがあった。

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