aereo;3──nono


 主翼が雲を引く。合計四本の雲は何度も交差しては離れて、交差して、空で千々に乱れる。
 コックピットの中は高度を上げる毎に冷えていった。予定空域のギリギリで飛ぶのは、地上の奴らに対するせめてもの反抗である。
 ミワの動きは綺麗だった。ああいう風に飛んでみたい、と操縦捍を握り直す。
 ミワが右に反転しながらターンするのに倣う。地上が上になった。雲の上なら気持ちいいのに、と思いながら、ミワの機体を見る。
 すると、ミワが主翼を左に振った。
 アヤセは唾を飲み込む。
──いいよ、いつでもオッケー。
 同じように振って返した。
 二つの機体は元に戻り、左に傾きながら一気にダイブしていく。風防がカタカタと鳴った。
 地上が近い。驚いた顔がこちらを見上げ、中には逃げ出す奴もいる。そのまま全員散ってしまえばいいのに。
 ミワの機体が地上すれすれで首を持ち上げたのにならって、アヤセも首を持ち上げる。
 確かに舵がききにくかった。半瞬、先に行動すべきだろう。
 ミワを追いかけ、ターンしながら上昇する。シートに体が押しつけられた。
──すごい、最高だ。
 後ろにつかせてくれたのは、きっとハンデだ。それなら、それに応えてやろう。
 アヤセは操縦桿を傾けた。
 ミワよりも内側に少し入り込む。しかし、アヤセが動くより先に、ミワの機体は右へロールしながら離脱。
 格納庫で会った時より、どきどきする。
 ミワと空でダンスが出来る。ちゃんと自分は相手が出来ているだろうか?
 ミワはわざと射程に入り、こちらがそれに応えようとすると逃げる──まるで子供の遊びのようなそれを、ずいぶん繰り返した。
 空で展開される児戯。それを見上げる大人たち。変な光景だ。
 ミワが機体を捻りながら上昇させる。
──そろそろ終わりにしよう。
 全身の血が沸き立った。嬉しさの余り、風防に映った顔が笑っているように見える。
 トリガーのカバーを外して機首を持ち上げ、ミワの後方につく。
 同じようなのにどこか違う新しい機体。自分とミワを重ねてみても、やはり二人は違う。少しいら立った。
 そんなことを考えていると、ミワの機体が左にスライドする。次の瞬間には一気にダイブ、追いかけようとすると下には既にその姿はない。
──あ、まずい。
 高度を保って旋回しながら、辺りを見回した。どこにもミワの姿は見えない。
──本気だ。嬉しい、自分のために。
 見つからない焦りよりも喜びが勝つ。それなら、応えないと。
 機体を傾けて、少し高度を下げた。すると、予定高度より遥か上の雲に隠れていたミワを見つける。
──見つけた。
 基地上空を滑るように飛んで加速、目を丸くしている奴らの顔が面白い。
 雲から飛び出したミワは主翼を振る。
──来い。
 アヤセは汗を拭った。緊張しているのか?違う、これまでになく楽しいんだ。だから本気になれる。本気で戦える。
 本当の戦争が出来る。
 アヤセは軌道を修正し、ミワを迎え撃つような形を取った。
 空には他に誰もいない。
 雲と、太陽と、空気と、風と、鳥と、そして自分たちだけ。
 ミワの機体が正面に迫る。アヤセはトリガーに指を乗せた。空砲であることなど、もうどうでもよかった。
 今この時、この一瞬だけが本物だから。
 距離が縮む。段々とミワに近づいていく。
──今だ。
 撃った。
 機体に撃った振動が伝わる。
 いつも通りの──いつも通り?
 弾道がミワの機体に吸い込まれていく。そして着弾したと思った途端、オレンジ色の閃光と爆音が響き渡り、黒煙を吹いて一気にアヤセを通り過ぎていった。
「……ミワ」
 すれ違いざま、割れた風防についた血の向こうで、ミワはにこりと笑った。


fin

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