aereo;3──quinto


 司令官室から出たタカナワは、すぐに胸ポケットから煙草を出して火をつけた。司令官室には酸素が無いのではと思う。煙草の煙が身体中に巡ったところで、ようやく息が出来た。
 しばらく司令官室のドアの前で吸っていたが、廊下の向こうから歩いてくる人影を認めて背中を離す。
「珍しいところで会うな」
「君こそ」
 ミワはタカナワの向かいの壁に寄りかかった。
「基地のエースとこんなとこで会うとはね」
「整備のエースも同じだろう。呼び出し?それとも、自分から?」
 タカナワは煙草を吸いつつ、ミワを見る。
「まさか」
 こんな部屋、と言って顎でしゃくる。
「牢屋に自ら入りに行くようなもんだ」
「確かに、そうだね。君と同じ意見を持てるとは思わなかったが」
「なんでさ」
 ミワはふわりと笑う。
「だって、僕が嫌いだろ。だからだよ」
 柔らかな調子で放たれた言葉は氷のように冷たい。だが、これが彼の本質だった。
 タカナワは、にやりと笑った。人の本質を見ることは得意だ。逆に、自分の本質を知ることは嫌いだ。知りたくないことは、知らなくていいことなんだろう。
「どうしてそう思う?」
 他のパイロットと同じく、雑談の出来ない男だと思っていた。
 戦闘機と空しかミワにはないと、蔑んで見ていた。
「君は僕を殺したそうに見ているから」
 また、ミワは笑う。
 タカナワは笑みをおさめた。
「いつからそう思った」
「最初から。初めて僕がこの基地に来た時から、君は僕を憎んでいた」
 今度は僕が聞く番だね、とミワは腕を組む。
「なぜ?」
 尋ねてはいるが、その顔に疑問は浮かんでいない。確信を持って尋ねているのがわかった。こいつはこういう奴だ。だから嫌いだ。
 タカナワは時間をかけて煙草を吸う。肌にまとわりつく空気も、心なしか粘性を帯びてきたようだった。
 じっくり煙を吸い込んでから、口を開く。
「自意識過剰だよ、お前」
 ミワは表情を変えない。
「整備士が個人的な感情で動いてどうする。整備士はいつでも中立。忠実なのは機械に対してだけだ」
 のんびりと言ってから再び煙草を口に運ぼうとした。だが、それは既に頭を短くしており、小さく溜め息をついて、靴裏に押しつけて消す。
 タカナワの行動をじっと見ていたミワは、壁から背を離して手を差し出した。
 タカナワは一瞬面食らう。手を差し出すという行為は、一般的には握手の前兆だ。しかし、ミワがそんなことをするとは思えずに二の足を踏んでいると、その手が無理やりタカナワの手を掴み、ぐっと引き寄せた。
「おまえ」
「殺したかったなら殺せば良かったのに」
 穏やかな声が耳を打つ。なのに、背中が粟立った。
「君は臆病だ。空にも、僕にも、アヤセにも」
 動じように静めていた心臓へ、針を刺された気分だった。
──痛い。
「だから君はいつでも、冷たい機械の側にいようとする。人として正しい反応だけどね──ここに人は必要ないんだよ」
 ぱ、と手を離したミワの顔はやはり、柔和な笑みに満ちていた。
 だから嫌いだ。ついでに憎い。
 こいつには戦闘機と空しかない。だからその二つだけは、必ずミワに従う。シルフィも、機械みたいな女も。
「後で」
 ミワはタカナワを横によけて、司令官室のドアの前に立つ。
「僕のシルフィを見てくれ。明日は式典だから」
 タカナワは知らぬ間に二本目の煙草に火をつけていた。
「勲章持ちにアクロバットのお披露目か」
「そう。ついでに新鋭の機体も来る。知ってるだろう?」
「知ってる。夕方には着くから、その前に見とく」
 そう言って歩き出す背中に、ミワが声をかけた。
「ありがとう」
「さっさと終わらせて、新しい女と一晩を共にしたいだけだ」
「下品だね」
「お前ほどじゃない」
 ぱたん、と閉じられた司令官室のドアが、それに応えた。


fin

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