aereo;3──quarto


 格納庫の中にその姿を見て、アヤセは少しだけ息を飲んだ。どうしてびっくりしたのか、どうして足を止めたのか、どうして声をかけようと思ったのか。
 シャッターをくぐった時点でも、やはりわからなかった。
「機体に何かあった?ミワ」
 淡い茶色の髪が揺れて、アヤセの方を向く。淡い青銀色の機体に寄り添うのも、濃緑色のパイロットスーツを着るのも、表情に乏しい顔もアヤセと同じのはずが、ミワが行うと何かが違って見える。
 何が違うのか考えるのは無駄なような気がしたから、アヤセはやめておいた。
「何もないよ。いつでも大丈夫」
「ミワの腕が良いから」
「いや、タカナワのおかげだ。アヤセは?君もシルフィを見に来たの?」
 シルフィ、という言葉がアヤセには慣れなかった。ミワは自分が乗る機体を必ずそう呼ぶ。アヤセが乗っている機体も、かつてはそう呼ばれていた。風の精霊の名前だ。
「ああ……うん」
 ミワが見えたから、とは言えない。
「アヤセはあのシルフィと相性が良いからね」
「ミワの方がずっと上手に乗れていた。私はまだ」
「風を読んでシルフィを乗せるのはアヤセの方が上だ」
 ミワは台を降りてくる。
「だから私にシルフィを譲ったのか」
 聞いてみたかった。現在、稼働しているパイロットの中で最強と謳われるミワが、どうしてアヤセに愛機を譲ったのか。あのシルフィと相性がずっといいのはミワの方で、アヤセでなくともわかることだった。
 ミワがシルフィの力を100パーセント出しきれているなら、アヤセはその半分にも満たない。
「君は最高のパイロットだ」
 アヤセの前に立ってミワは言う。
 一時も目を離せなかった。
「でも、死は恐れた方がいい」
 だからだよ、と言って笑い、アヤセの横を通り過ぎようとした──その時、アヤセはミワの袖を掴んでいた。
 立ち止まったミワがアヤセを見下ろす。華奢な体型に似合わず、彼は背が高かった。
「離して」
 静かに言う。その声の低さが、否が応にも異性であることを思い知らせた。改めて、アヤセは自分も男であれば良かったと思う。
 離せない、離したくない。なぜそう思うのかわからない。心臓が空にいる時よりも、どくどく言っている。緊張していた。
──でも、何に?
「……アヤセ」
 ミワの顔が近づくのに気付いてアヤセが顔を上げた時、ミワは本当に静かにキスをした。
 息をするかのように自然に、煙草を吸うのと同じくらい揺らぎのない動作で、微かに触れる程度のキスをする。
 少ししてミワは顔を離し、ふわりと笑う。
「さよなら」
 何事もなかったように格納庫を出ていった。
 アヤセはその背中を少し振り返って見送る。やがて格納庫の壁に隠れて見えなくなると、視線をミワの機体へと転じた。
 彼の新しいシルフィは、心なしか冷たい。


fin

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