終章 夜明け



終章 夜明け


 黒髪を揺らす風が冷たい。夜が来たのだと、アルフィニオスは感じた。

 寝台に横たえていた体を起こして窓を開いてみる。肌で感じた通り、確かに外には夜闇が帳を下ろし、風景の上半分を星空が、下半分を黒々とした森が占めていた。

 面白みのない風景だが、アルフィニオスはこの眺めが好きだった。目でも肌でも、刻々と変わりゆく時間を感じ取ることが出来たし、何よりもそれは「天」にあっては得ることの出来ない感動だった。

 上半身を起こしたまま布団を手繰り寄せ、しばらく風景を眺める。すると、室内に入る人の気配を感じた。

「……風邪をひく」

 気遣わしげな言葉がおかしく聞こえ、アルフィニオスはくすりと笑った。

「今更だろう?」

 窓から差し込む月明かりの下に、美しい銀色の髪が現れる。それを長い三つ編みにして背中に垂らした少年は、僅かに眉をひそめた。

「お前の皮肉は嫌いではないが、今のは笑えんな」

「お前だから言うんだ。それで、何かあったから来たのではないかね」

 引く様子のないアルフィニオスにオッドは嘆息する。近くにあった椅子を引き寄せ、寝台の横に座った。

「言う必要はないかもしれぬが、お前が預けた娘……アズレリオドスと言うたの。教会でアスラードという名を与えられて、元気にしておるようだ。お前が心配しておった病の兆候も見られない」

 そうか、と言ってアルフィニオスはふわりと笑う。本当に嬉しそうに笑うので、オッドは一瞬、彼が死期間近であることを疑いたくなった。

「お前には、一体どこまで見えているのかね」

 静かに問うた。

 オッドから窓の外の風景へ視線を転じ、やがて顔を戻したアルフィニオスはやはり穏やかな顔で答える。

「高名な賢者殿でもわからないか。どこまでも、と言ったら怒るだろう」

 オッドはアルフィニオスの次の言葉を待つ。その沈黙を埋めるように、アルフィニオスの静かな声が室内に響いた。

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