第二十九章 彼らの冬



二十九章 彼らの冬


 床伝いに剣の交わる音が聞こえる。初め、濁って聞こえたそれは時間を追うごとに明瞭さを増し、同時に、アスの体にも段々と温もりが戻ってきた。

「……バーン」

 頭を僅かに動かして、視界に入った金髪の持ち主に声をかける。ライとリミオスが戦う姿を見ていたバーンは弾かれたようにこちらを振り向き、アスの顔を見た途端、笑みがこぼれた。

「全く、ライが泣きそうだったぞ」

 ライ、と口の中で呟くと、頭にかかっていた靄が一斉に晴れていく。

「私……」

 聴覚と共に視覚がはっきりとしてきたことに勢いを貰い、アスは傷のことも忘れて飛び起きた。しかし、感覚が戻ってきたということは痛覚も戻るということで、置き去りにしてきた右肩の痛みに息を詰まらせる。

 突き刺すような痛みは熱も伴い、傷の辺りに第二の心臓でも出来たかと思うような拍動が全身を揺らした。

「出血で意識を失ったんだ。傷が治ったわけじゃねえ」

 見れば、ライの外套が右肩を強く縛っている。お陰で出血も止まり、アスは覚醒を果たしたわけだが、果たした先で動くことのままならない体にやきもきさせられた。

「リミオスは」

 左手で右肩を押さえ、アスは頭を動かす。意識を失っていた間に何が起こったのかわからないが、ライとリミオスが剣を手に戦っていた。ライに至っては『時の欠片』を手にし、だが、アスはリミオスの持つ剣が気になる。

 持つとすれば剣ではなくペンだろうにと思いつつ視線を巡らし、玉座に至る階段下でイークが膝をつき、何かを二人の戦いから守っているのが見えた。

 黒髪とは対照的な白は映え、その下に刻まれる赤の刻印は尚のこと映える。

 アスの視線の先を追ったバーンが事の経緯をかいつまんで話し、その疑問に応えた。

 一通り聞き終えたアスは息を飲み込み、大きく深呼吸した。

「ロアーナは大丈夫?」

「ジャックが一緒に行った」

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