第二十九章 彼らの冬
再び、アスがカラゼクへ視線を戻すと、それに気付いたイークがこちらを見て微かに頷く。アルフィニオスの呪いを考えれば大丈夫だと思いこそすれ、間近で見守るイークの頷きはやはり安心させられる。
アスはライたちへも視線を向けた。王城でも、旅の中でも剣の腕を磨いてきたライが、リミオスに押されている。不老不死の呪いはリミオスに剣技の妙も教えたようだ。
その他のものも教えてくれれば良かったんだが、と皮肉に考え、アスは右肩を押さえていた左手を離して見る。完全に出血が止まったというわけではなく、目覚めたことによりいくらか血流の良くなったことが影響して、滲んだ血が手を濡らしていた。
左手を見つめるアスに不穏な空気でも感じ取ったのだろう、バーンが声をかける。
「ライが頑張ってるんだ。それを無駄にするな」
金色の瞳が自身の目を覗き込み、アスは苦笑した。
「……そうだね」
そう言って、血に濡れた左手を強く握り締めた。
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カラゼクほどではないが、リミオスの剣にも速さがあった。だが、その程度の差であれば、先刻カラゼクと拮抗する力を見せたライにも勝機があっていいようなものである。なのに、どうしてリミオスに押されているのか。
答えは簡単だった。リミオスはカラゼクにはない技にも、力の向きを読む目にも長けている。
そしてそれを前に、ライは対抗するだけの経験が自分にないことを思い知らされた。
──リミオスの強さはイークと同等、もしかしたらそれよりも上。
「考えている暇はないよ」
思考にふけっていたのも僅かな瞬間である。だが、リミオスはそれを見逃さず、素早い動きで剣を下から振り上げた。
下方からの一撃を何とか防ぐと、これまでなら次の一手に入るリミオスが剣で『欠片』を押さえつけ、顔を近づける。
「アスラードが目覚めたようだね」
息切れのない言葉に促され、ライは視線だけを脇にやった。
リミオスに言われなくとも知っていた。彼の剣を受けつつ、何とか堪えてアスが無事であることにほっとしていた。今はゆっくりと立ち上がり、バーンに支えられながらカラゼクとイークの元へ行こうとしている。
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