第十一章 その手のひらに
第十一章 その手のひらに
暗闇に盛大な溜め息が響き渡る。そもそも完全な暗闇とは言いがたい、木々が伸ばす枝葉で覆われたそこは、ぼんやりとした薄暗さで包まれていた。
どう足掻いても、闇の眷属に成り下がることは出来ないのだと知り、溜め息の張本人である少年は頬杖をついていた手を下ろす。暗闇は彼らにとって毒であったはずなのだが。
「ヘイルソンは何て?」
岩の上に座る少年の、向かいの木に寄りかかる少女が問う。頭の両端で軽く結わいた金髪が風に揺らめいて美しいが、その下で輝く赤い瞳は獣を彷彿させた。
「同じ。神子を殺せとしか言わない」
「なら、そうするだけだろうが」
木に寄りかかろうとして弾かれたように体を離し、まるで汚いものでも叩き落とすように体中を払いながら男が言う。それを見ていた少女はくすりと笑った。
「潔癖症。死にはしないのに」
「あいにくと大地の女神がオレは大嫌いでね。父上とよく似てると言ってもらいたいもんだ」
忌々しそうに大地を蹴り、つま先で土を抉る。子供のような所業に少女は呆れて肩をすくめるだけだったが、少年の方は気に入らなかったようだ。眉をひそめて男を咎めた。
「ガット、よせ。精霊が怒る」
「何が精霊だ。所詮、女神の眷属じゃねえか。光の眷属に敵うわけがない」
「そのへんは個人の見解に任すけどね、お前みたいな奴が僕と同一だと思われたくないんだよ」
苛苛と言い放つ少年の態度が面白かったのか、へえ、と言ってガットと呼ばれた男は鼻で笑う。
「自分だけはお綺麗なままでいたいって?馬鹿言うなよ。散々血を浴びてきた奴が言う台詞じゃないね」
「……よくわかってるじゃないか」
低い調子で口論を押さえ込む。ガットの血気盛んなところは嫌いではないが、自分にもあったはずの物と思うだけで空虚な気持ちになるのを押さえられなかった。
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